通し狂言「義経千本桜」第二部のBプログラム
初日の10月12日に観劇してきました。
やはりやはり、片岡仁左衛門さんの存在感が圧巻!
全てにおいて自然で澱みなく、ラストは大泣きでした。
その感想を場ごとに書いていきます。
義経千本桜:木の実は権太家族のやりとりが微笑ましい
木の実は、権太ストーリーの発端です。
平維盛の正室、若葉内侍と息子六代君が
お供の小金吾と権太の妻おせんが営む茶屋に来るところから
物語は始まります。
落ちゆく平家の哀れさと主従の絆が感じられました。
そんな主従に権太はいい人として近づき、
結局は小金吾から20両という大金をゆすり取ります。
人たらしな悪党権太は片岡仁左衛門さん、
悪い奴だけどかっこよくて可愛らしい憎めないお役そのもの!
これは、イチャモン以外の何者でもなく、
余裕の権太と悔しがる小金吾の若さと正義感が対照的でした。
小金吾は尾上左近さん、若々しさと血気盛んな様子が
よく表現されていました。
そんな小悪党権太も、
息子善太郎には甘いんですね〜
一緒に帰ろう、って言われたら目尻が緩むし、
遊びに興じたり、おんぶをしたりと
子煩悩な権太の一面、いや、これが本質かなっていうのが
伝わってくるのです。
なんでそんなに悪事ばっかり、と責める女房小せんに片岡孝太郎さん。
本当は親子なんだけどこの2人のペアは最高で
演技とは見えない口ではあれこれ言っても
お互いを思い合う心情は語らずとも伝わります。
このやり取りから、
権太が悪事に染まったのは
遊女だった小せんに惚れあげ、一緒になるためだった
ってことがわかるんですよね。
だから権太は単なる悪党ではないってことも
それとなく伝わるやり取りなんです。
息子の善太郎には中村夏幹くん、
可愛くて健気な坊ちゃんでしたね。
最後、おんぶしてもらって帰る場面は微笑ましかったです。
この場のやり取りで
権太の人となりや家族との関係がわかる、
短い幕だけど秀逸なエピソードだなあと思います。
小金吾討死は、左近の熱演!
追っ手から逃れる、若葉内侍、六代君を逃すため
孤軍奮闘で立ち向かう小金吾
この場は、真っ暗な背景で
白い着物を肩外しにきて髪もザンバラになった
白塗りの小金吾がクローズアップされるようです。
その立ち回りも美しく、
紐を使って蜘蛛の巣のように取り巻いたり、
その上に乗ってぐるりと回されたり
ストーリーは単純だけど見せ方が印象的で
激しい戦いの様子や小金吾の無念さも伝わる
いい幕だなあと思います。
この小金吾役も
若手で女方を兼ねる人が演じることが多いのですが、
尾上左近さんもぴったりなお役でした。
とにかく儚くて美しくて涙なしには見られない最期です。
そして、倒れた小金吾に躓くのが
すし屋の主人弥左衛門。
何かを思ったように刀を振り上げるところで
幕が閉まるんです。
だけど、ここで何が起きているのかが、
次の場へと繋がる場面なので、
本当は幕が閉まる時の余韻が欲しいところ。
すぐに拍手が起きちゃって
それを想像する間がない。
確か、やーって掛け声とツケの音で
それを暗示する演出もあったと思うが、
今回はツケの音しか聞こえなかった。
拍手にかき消されたのかも、、、
だから、ここは大道具さんも「間」をうまく測って欲しいと
思った幕切れでした。
すし屋:仁左衛門圧巻!権太と家族に涙が止まらない
すし屋は印象的なエピソードがいくつかあります。
その中から6つについて感想を述べていきます
1つが、使用人弥助に恋するお里
弥助と祝言を控えたお里は
嬉しくって夫婦ごっこをしたり、
夜だからもう寝ましょうと誘ったりを
演じるのは中村米吉さん、
娘らしい可愛らしさ全開でした。
この弥助、実は平維盛だったのですが、
弥助から維盛へと変わる瞬間が
本当に見事で、品があり情もあるこのお役には
中村萬壽さんがハマり役と思って見ています。
この二人のやりとりが可愛くて微笑ましいほどに
実は、、、の現実や悲劇的な結末が
やるせなく思えるのです。
2つ目が、母に甘える権太
権太は、母にお金を無心にくるんだけど、
騙された被害者と嘘をついて
母の同情を引くのです。
この騙し方が、バレバレなんだけど
権太が本当は可愛い母(演じるのは中村梅花さん)は
権太を助けたくて仕方ないのです。
母に認められたい、甘えたい、そんな権太の姿も
ひしひしと伝わるので
私はこの2人のやり取りの場の大好きです。
3つ目が、首実験での権太の姿
権太は、父たちが匿っていた維盛の首を持ち、
若葉内侍と六代君を連れて景時の前に現れます。
押し出しの良い梶原景時(中村芝翫さん)に
臆することなく、首桶を差し出し
例は親の命よりも金がいいとうそぶきます。
父母、妹からすると
権太の行為は許しがたく、怒りしかない行為、
だけど権太の様子をよく見るとなんか変だなってところがあるんです。
これは、その内実を知っているからこそ
ああ、そうなんだなあと思う幾つかの小さな姿。
例えば、煙が目にしみる、と涙を拭く、
顔を上げろと言われ真顔になるのですが、なんだか涙を堪えているような表情、
そして景時一行を見送るときには、
もらった陣羽織で顔を隠す権太。
よろしくたのんまっせ、っていう言葉も
一体何を意味するんだろう?と思える口ぶりなんです。
ネタバレしちゃうと、
権太が自分の妻子を身代わりに差し出しているってことなんですよ。
もうね、それを知ってるから
こういう一つ一つの表情や言葉、所作に
その悲しみが感じられて見ている方はたまりません。
片岡仁左衛門さんが名優と言われるのは
そのリアルな心情を見せてくれるからだと私は思っています。
この権太はまさしく、縁起を超えたリアルな権太そのものでした。
4つ目が、父が権太を刺す場
権太が裏切ったと知った父(中村歌六さん)は、
何かを言おうとする権太を制し、いきなり刀を突き立てます。
ここからが終端場です。
自分が命懸けで守り、恩返しをしたかったのに
それを覆された怒りで弥左衛門には何も見えてなかったのです。
自分の妻子を犠牲にしてうった
権太の一世一代の大芝居も、
涙を隠して強がりを貫いた本当は優しい心根も、、、
そこに私は悲しみを感じました。
もっと、父に認めてもらいたい、褒められたい、
それがどうしてこの父には伝わらないのだろうかと。
5つ目が、権太が打った芝居の裏側
苦しい息の下から、権太はこの芝居の裏を白状します。
一番辛いのは、若葉の内侍と六代君の身代わりを
自分の妻と子にしたところ、
父も母も、勘当したからと一度も会ったことはないけど
ずっと心に気にしていた嫁と孫が
目の前で引っ立てられたことにやっと気付いたのです。
そして、そのために二人に縄をかけた時の権太の心情、
「たまったもんではございません」
これを何度も何度も繰り返し涙する権太、
もう涙腺崩壊ですよ。
このときに、権太は母にはすがるんですよね。
ああ、お母さんが好きだったんだね、
お母さんに甘えたかったんだね、
そんな思いもひしひしと伝わってきてね、
私の方こそ
「たまったもんじゃございません」でしたね。
そして、最期息絶える権太の表情です。
権太は息絶えるときに
うっすら笑みを浮かべます。
あれ、これ今までみんなこうだったっけ?
って思ったくらいに
すごく慈愛に満ちた優しい笑顔だったんですよ。
それは、やっと父と母の役に立てた喜び。
自分の孝行を認めてもらえた喜び。
さらには、
先に連れられて行った妻と子に
また会える喜びもあったかもしれません。
本当に美しい笑顔に心が打たれました。
このお芝居を見て私は初めて思ったのが
権太は「愛」の人なんだなってことです。
ここまで感想を書いてきましたが、
権太の行動を振り返ると
悪事を働くし、罵詈雑言いうし、素行も悪い。
でも、その底には愛と優しさが感じられるんです。
結局は、愛する女房子どものため、
そして敬愛する両親、可愛い妹のため、
彼は自分の全てを犠牲にします。
それって、愛から出た行為なのではないかと
私は思うのです。
最後の慈愛に満ちた笑顔、
そこにも愛がありました。
ああ、片岡仁左衛門さんの権太が本当に素晴らしかった。
それを取り巻く全ての役者、語り手演奏者も素晴らしかった。
愛があるから、あの結末の悲しさと愛しさが
いつまでも心に残るのだなと感じた第二部の感想です。
お読みくださりありがとう存じまする。
10月歌舞伎座公演、通し狂言「義経千本桜」についてはこちらにまとめています。
よかったらお読みくださいね。

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