PR

歌舞伎人間国宝女方は歴代6名!理想の女性を追い続ける(た)役者をまとめて紹介!

まとめ
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

歌舞伎界で人間国宝に認定された歌舞伎役者は

歴代で27名に上ります。

現在でも活躍されているのは

そのうち役者は6名であとの2名は歌舞伎音楽の部門です。

映画「国宝」でも注目を浴びた、歌舞伎の女方となると

歴代で6名、現在はたった1名です。

そのくらい、女形で芸を確立された方が少ないとも考えられます。

この記事では、歴代の女形役者6名の魅力を

認定された順に紹介していきます。

スポンサーリンク

人間国宝歌舞伎女形:三代目尾上多賀之丞(おのえたがのじょう)

本名:樋口 鬼三郎

生年月日:明治20(1887)年9月21日

没年月日:昭和53(1978)年6月20日

屋号:音羽屋

定紋:菊鶴、重ね扇に多の字

認定年:昭和43(1968)年 歌舞伎ふけ女形

当たり役は

・『盲長屋梅加賀鳶』 女按摩お兼役

・『伽羅先代萩』 栄御前役

・『沓手鳥孤城落月』 正栄尼役

明治24年4月に鈴木主水倅幸次郎役で市川鬼三郎を名乗り初舞台を踏みました。

明治44年9月に市川鬼丸を襲名し、名題にも昇進。

六代目尾上菊五郎に見込まれて、劇団に呼ばれ、その後幹部昇進、

昭和2年には音羽屋の名跡である尾上多賀之丞も襲名する。

美貌の女性から女将さん、果ては立ち役も兼ねました。

国宝歌舞伎女形1号は、離縁ではなく一般家庭の出身の役者であったことは

歌舞伎はお家も大事だけどやはり実力が最後はモノを言うのだ

と言うことを思い知らせてもらえます。

人間国宝歌舞伎女形:七代目尾上梅幸(おのえばいこう)

本名:寺嶋誠三

生年月日:大正4(1915)年8月31日

没年月日:平成7(1995)年3月24日

屋号:音羽屋

定紋:重ね扇に抱き柏、杏葉菊

認定年:昭和43年 歌舞伎女形

当たり役は

・「雪暮夜入谷畦道(直侍)」 三千歳役

・「京鹿子娘道成寺」 白拍子花子役

・「妹背山婦女庭訓」 お三輪役

・「勧進帳」 源義経役

父親があの名優六代目尾上菊五郎で、父の相手役を務めて

女形としての才能を開花させたと言われています。

戦後の二代女形(もう1人は中村歌右衛門)と呼び声も高いです。

大正10(1921)年5月に、『嫩草足柄育』の金太郎役で四代目尾上丑之助を名乗り

初舞台を踏みました。

昭和10年(1935)年3月に、『土蜘』の胡蝶役他で三代目尾上菊之助を襲名し同時に名題昇進。

昭和22(1947)年2月に「対面」曽我十郎役他で七代目尾上梅幸を襲名します。

父である六代目尾上菊五郎が結成した菊五郎劇団を、若い頃から理事として支え、

父亡き後は、代表者としての地位も確立。

音羽屋らしく立役にも定評があった。

芸に関する著書も多く、現代の訳者にも大きな影響を与えている方です。

人間国宝歌舞伎女形:六代目中村歌右衛門(なかむらうたえもん)

本名:河村藤雄

生年月日:大正6(1917)年1月20日

没年月日:平成13(2001)年3月31日

屋号:成駒屋

定紋:祇園守、裏梅

認定年:昭和43年 歌舞伎女形

当たり役は

・「京鹿子娘道成寺」 白拍子花子役

・「祇園祭礼信仰記(金閣寺」 雪姫役

・『摂州合邦辻』 玉手御前役

・『籠釣瓶花街酔醒』 八ツ橋役

戦後を代表する女形の名を欲しいままに、

今や伝説とも言われるのが中村歌右衛門である。

五代目中村歌右衛門の次男に生まれ、

大正11(1922)年10月『真田三代記』の内記役で三代目中村児太郎を名乗り初舞台。

昭和8(1933)年11月『絵本太功記(太十)』初菊で六代目中村福助を襲名。

昭和16(1941)年10、11月『絵本太功記(太十)』初菊役、『仮名手本忠臣蔵九段目』の大星力弥役で六代目中村芝翫を襲名

昭和26(1951)年4、5月「妹背山婦女庭訓」 お三輪役、「祇園祭礼信仰記(金閣寺」 雪姫役他で六代目中村歌右衛門を襲名

中村歌右衛門は、古風な美しさを持ち、さらに芸道には厳しく、数々の役で見る人の心を揺さぶる芝居を見せました。

若手の指導にも熱心で、歌舞伎の舞台全体を見た演出や、先人の演技の型の伝承も行い、

歌舞伎という芸能が今に根付いているのは、中村歌右衛門の代え難い実績です。

 

人間国宝歌舞伎女形:四代目中村雀右衛門(なかむらじゃくえもん)

本名:青木清治

生年月日:大正9(1920)年8月20日

没年月日:平成24(2012)年2月23日

屋号:京屋

定紋:京屋結び、向い雀

認定年:平成3(1991)年 歌舞伎女形

当たり役は

・『摂州合邦辻』 玉手御前役

・「祇園祭礼信仰記(金閣寺」 雪姫役

・『天衣紛上野初花』 三千歳役

六代目大谷友右衛門(明石家)の長男に生まれ、

昭和2(1927)年、大谷広太郎の名で初舞台を踏む

第二次世界大戦にも招集され、帰国後は立ち役として活躍したが、

七代目松本幸四郎(妻の父)の勧めで女形に転向する。

昭和23(1948)年、『一谷嫩軍記(扇屋熊谷)』の小萩実は敦盛役他で七代目大谷友右衛門を襲名。

本来なら、明石屋を継ぐところ、

京屋の名を注いで欲しいという願いを受け

昭和39(1964)年9月に「祇園祭礼信仰記(金閣寺」 雪姫役他で

四代目中村雀右衛門を襲名する。

息子が2人いるが、長男は京屋(五代目中村雀右衛門)を継ぎ、

次男が明石家(八代目大谷友右衛門)を継いでいる。

生まれは脇役の家だったが、自身の努力と周囲の期待も受け

女形としての境地を次々と開拓し、才能を開花させた役者でもある。

この頃の人には珍しく、常に身体を鍛え若々しさを保ち、

その姿勢が晩年まで舞台での姿に瑞々しさを醸し出したと言われている。

人間国宝歌舞伎女形:七代目中村芝翫(なかむらしかん)

本名:中村栄次郎

生年月日:昭和3(1928)年3月11日

没年月日:平成23(2011)年10月10日

屋号:成駒屋

定紋:祇園守、裏梅

認定年:平成8年 歌舞伎女形

当たり役は

・「京鹿子娘道成寺」 白拍子花子役

・「鳴神」 雲の絶間姫役

・『本朝廿四孝(十種香)』 八重垣姫役

祖父が五代目中村歌右衛門、父が中村福助という

女方の名門の家に生まれる。

六代目中村歌右衛門は、叔父にあたる。

昭和8(1933)年、『桐一葉』の女童役で四代目中村児太郎を名のり初舞台

祖父の死に伴い、六代目尾上菊五郎に教えを請いに行き、

そこで菊五郎や二代目尾上松緑の相手役を務めたことから女形としての才能を開花させる。

昭和16年10・11月歌舞伎座『忠臣蔵』九段目の小浪役ほかで七代目福助を襲名。

その後、中村歌右衛門一座に加わり、芸風を広げた。

叔父の中村歌右衛門とのコンビも絶賛を浴びた。

昭和42年4・5月『鏡獅子』弥生役ほかで七代目中村芝翫を襲名。

長男が八代目中村福助、次男が八代目中村芝翫、次女が好江(十八代目中村勘三郎夫人)と

歌舞伎を支える一族でもある。

穏やかな人柄で若手への指導にも熱心、現在の女方の多くが

中村芝翫の教えを受けているのも注目に値する。

心情を丁寧に表現する名役者として親しまれていた。

人間国宝歌舞伎女形:5代目坂東玉三郎(ばんどうたまさぶろう)

本名:守田伸一(楡原伸一)

生年月日:昭和25(1950)年4月25日

屋号:大和屋

定紋:花かつみ

認定年:平成24年 歌舞伎女形

当たり役は

・「助六」 揚巻役

・「桜姫東文章」 桜姫役

・「壇浦兜軍記(阿古屋)」 遊軍阿古屋役

・鷺娘、藤娘などの舞踊

当代きっての女形といえば、坂東玉三郎さんです。

出自は一般家庭ですが、幼い頃から踊りが大好き、

また病で不自由になった足の鍛錬にと始めた日本舞踊で

ますますその才能に目覚め、

1956年に歌舞伎役者十四代目守田勘弥の部屋異なります。

1957年12月に「菅原伝授手習鏡・寺子屋」の小太郎役で

坂東喜の字を名乗り初舞台。

1964年6月に守田勘弥の養子となり「心中刃は氷の朔日」おたま役他で

五代目坂東玉三郎を襲名する。

中村歌右衛門から数々の芸を継承し、それを独自の世界へと磨き上げ、

圧倒的な美しさと芸術性で他のものを寄せ付けない存在へとなってきた。

歌舞伎以外にも映像や音楽に才能を発揮しているが

最近は若手の育成にも熱心で、8代目尾上菊五郎、2代目中村七之助をはじめ、

数々の若手に大きな影響も与えている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、この6名の偉大な役者の中で、

拝見していないのが初めの尾上多賀之丞さんだけです。

尾上梅幸さんにしても、中村歌右衛門さんにしても

私が舞台を拝見した時は、相当なお年ではありましたが、

この人はすごいんだなあというのを思わせる

芸の凄みを感じさせる方々でした。

機会があれば、映像でいいから観てみたいと思います。

現在、女形の人間国宝は坂東玉三郎さんだけです。

今後、誰が国宝になっていくのかも

楽しみに歌舞伎を見ていきたいと思います。

お読みくださりありがとう存じまする。

コメント

タイトルとURLをコピーしました