片岡仁左衛門の家系図、父も兄も息子も孫も歌舞伎役者!名門松嶋屋の役者を紹介します!

十五代目片岡仁左衛門、若い方から、お年を召した方まで幅広いファンに支持されています。

大人気の歌舞伎役者なんです。

とにかく、かっこいい!

「水もしたたるいい男」「二枚目」というのは、

片岡仁左衛門のためにあるのではないかと思ってしまうほどです。

もちろん、私も大好きで、仁左衛門が出る芝居はチェックしていますよ。

その仁左衛門のお家は、松嶋屋という上方歌舞伎の名門なんですね。

父、祖父はもちろんですが、兄、息子、孫も、

み〜んな歌舞伎役者というすごい一家なんですよ。

どんな役者さんがいるのか、まるっと紹介しますね。

あなたの気になる役者さんは誰かしら〜?



片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)【松嶋屋】歌舞伎役者の一家の家系図は?

では、八代目片岡仁左衛門からの家系図をこちらに載せますね。

画像が見づらいなあという方は、

PDFをクリックしていただくと拡大して見ていただけます。

松嶋屋家系図

十代目片岡仁左衛門と十一代目片岡仁左衛門の家系図

八代目片岡仁左衛門の3男が十代目片岡仁左衛門です。

この方は、襲名したのに、その披露公演を台無しにしたことを気に病んで、早くに亡くなってしまったとのことです。

十二代目片岡仁左衛門は、十代目の養子ですが、

八代目の外孫でもあったそうです。

この方はとてもショッキングな事件に巻き込まれてしまいました。

片岡仁左衛門、と検索すると「一家殺害」という記事が出てきます。

ギョッとしますよね・・・。

このことを調べてみたら、次のようなことがわかりました。

十二代目片岡仁左衛門、一家殺害事件と3人の子ども

事件について、ちょっとだけ触れておきますね。

1946年に、十二代目片岡仁左衛門を含む一家5人が

殺害されたという事件だそうです。

犯人は、この家に住み込んでいた女中の兄であり、

座付き見習い作家の男だそうです。

戦後の食糧難が事件の背後にあるんだなあと感じたのですが、

自分たちは十分な食料を与えられていないことや、

人間関係がうまくいっていなかったこと、

作品をけなされたことなどが災いしての犯行ではないかと言われています。

暗い時代に、このような不幸な事件があったこと、

今の歌舞伎界からは想像もできませんでした。

娘役から立役まで、幅広い演技で、評価も高かったとのことです。

・・・・・・・・・・・・

その十二代目の長男が十三代目片岡我當(後に十四代目片岡仁左衛門を追善されます)、次男が二代目市村吉五郎、三男が六代目片岡芦燕です。

次男の市村吉五郎は、十五代目市村羽左衛門(橘屋)の養子となったため、

長男の十七代目市村家橘は橘屋を名乗っています。

十一代目片岡仁左衛門は、要注意人物だった?

兄が急死したことから、八代目の4男が

十一代目片岡仁左衛門を襲名することになりました。

この方は、江戸で生まれながらも、

父に連れられて最初は大阪で修行を始めたんですって。

だんだんと活躍が認められるようになったところで、

兄の後を継いで、十一代目を襲名することになり、

それから東京に出てきたのだそうです。

この方、エピソードがとてもたくさんありまして、

それだけで1記事書けちゃいそうなんですよ。

天才肌の役者だったらしいのですが、その分気性も激しく、

当時の九代目市川團十郎や初代中村鴈治郎と

たびたび衝突していて、

「歌舞伎界の要注意人物」に数えられていたのですって。

気に触ると舞台の邪魔をしたり、人に嫌がらせをしたりしたこともあったらしいです。

今は、そんなことしたら、大問題になってしまいますが、

明治大正の時代は、そういうこともあったのですね。

それでも、何をやっても「至芸」と言われたのいうのだから、

本当にすごい才能を持った役者さんだったのでしょうね。

晩年は、性格が丸くなったと言われていて

ホッとしました。

十三代目片岡仁左衛門は、盲目でも舞台に立った稀代の名優!

十三代目片岡仁左衛門は、現在の十五代目仁左衛門の父で、

稀代の名優と言われた方です。

2020年2月の歌舞伎座は、このかたの追善公演でした。

ここで、「菅原伝授手習鑑」を上演していたのですが、

主役である菅丞相は至宝とまで言われる当たり役だったそうです。

十五代目の菅丞相も、神がかった演技で

とても感動をしたのですが、

それは、父から学んだことも多かったようですね。

そんな十三代目片岡仁左衛門は、

十一代目の養子なんだそうです。

生家は、安田財閥の御曹司だったとか・・・

そのせいでしょうか、温厚な人柄だったそうですよ。

よく、天は二物を与えずといいますが、

十三代目仁左衛門は、家柄も役者としての才能も、人格も、

もちろん見た目も(ココ大事よね)、

全て持って生まれてきた、天性の名役者なんですね〜。

初めは東京で活躍していたものの、

上方歌舞伎へ移籍し、関西で芝居を行うようになったそうです。

その頃、仁左衛門の名を襲名するのですが、

関西歌舞伎は、一時期ものすごく低迷した時代があって、

芝居が打てないこともあったそうです。

役者なのに、舞台に立てない、、、

コロナ禍でもそういう状態はありましたよね。

でも、一つ違うのは、

舞台を開けることができてもお客様が来ない、ということ。

とても辛い大変な時期があったのだそうですよ。

今でこそ、京都南座、大阪松竹座で、

定期的に歌舞伎公演は行われていますけど、

そこまで復興できたのは、

十三代目片岡仁左衛門の功績が大きいと言われています。

2020年は、全く公演できていませんけど、

7月の大阪松竹座での歌舞伎公演は、

風物詩となっているほどなんです。

7月1日に、大阪の道頓堀で、 船乗り込みというイベントがありました。 行きたいな~と指をくわえて、 ツイッターやインスタに...

また、最晩年は目が見えなくなり、

盲目でも舞台に立ち続けた役者としても知られています。

歌舞伎座に行くと、温厚な表情の紳士の写真が飾られています。

それを見るたびに、十三代目片岡仁左衛門という方の

功績に胸が熱くなります。



十五代目片岡仁左衛門と現在の松嶋屋

当主である十五代目片岡仁左衛門。

御年75歳ですが、

いつ見てもセクシーでかっこいい。

現在の歌舞伎界を代表する役者です。

このブログでも、何度も紹介していますが、

初めての方もいるかもしれないので、プロフィール紹介です。

十五代目片岡仁左衛門のプロフィール

十五代目片岡仁左衛門:本名 片岡 孝夫(かたおか たかお)

生年月日 1944年3月14日(魚座)

家系 父:十三代目片岡仁左衛門、兄:五代目片岡我當、甥:片岡進之介、

兄:二代目片岡秀太郎、甥(養子):片岡愛之助、息子:片岡孝太郎、孫:片岡千之助

屋号 松嶋屋

定紋 七つ割丸に二引

芸歴 1949年「夏祭浪花鑑」市松役で片岡孝夫として初舞台(中座)

1998年 「菅原伝授手習鑑」松王丸役、「夕霧伊左衛門廓文章」藤屋伊左衛門役他で十五代目片岡仁左衛門襲名(歌舞伎座)

2015年 重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定

当たり役 「女殺油地獄」与兵衛

「廓文章 吉田屋」藤屋伊左衛門

「花街模様薊色縫(十六夜清心)」鬼薊の清吉(清心)

「菅原伝授手習鑑」 菅丞相

仁左衛門は、片岡家3兄弟では三男です。

長男は、片岡我當、次男が片岡秀太郎です。

歌舞伎の家の慣わしだと、

長男が父の名を継ぐことが多いのですが、

祖父、父から「仁左衛門」の名を

ゆすり受けることになりました。

それだけの実力と人気を博していたからと

言えるでしょう。

片岡孝夫、という名を聞いたことがありますか?

テレビや映画によく出演していらして、

ニヒルな二枚目、というイメージを私は持っていました。

当時、う〜んまだ私が学生の頃、

歌舞伎のかの字も知らない頃でしたから、

片岡孝夫=歌舞伎役者 と知った時はびっくりしました。

歌舞伎を観に行くようになって、

あまりのかっこよさに、一目惚れしちゃいました。

現代劇の孝夫ファンには申し訳ないのですが、

歌舞伎界の孝夫のかっこよさは、

舞台上で光り輝く王子様並みだったのですよ〜。

当時、孝玉(たかたま)に入れ込んでいた私は、

正直いうと、仁左衛門 て名前がおじいちゃんみたいで

似合わないなあとまで思っていました。

にざ玉?どうなんだろう・・・て。

しかし、その襲名前に悲劇が襲いました。

1993年、膿胸、大葉性肺炎、食道亀裂などの、

重篤な病気を患い舞台で姿が見られなくなってしまったんです。

この時はショックでした。

片岡仁左衛門は、234日もの入院生活を送り、

この年は、1年間休演となりました。

復活してきた時は嬉しかったな〜〜〜。

その後、襲名披露を行い、仁左衛門になったら、

かっこいいだけではない、もっと凄い役者になってしまった

と感じています。

今は、体調管理にも気をつけ、

舞台でお元気な姿を見せてくれています。

自身の舞台に加え、若手の指導にも熱心だと聞いています。

今は、コロナで舞台でのお姿を見られませんが、

またその華々しい演技を見られることが楽しみです。

片岡仁左衛門については、こちらの記事に詳しく書いていますので、

お読みくださいね。

御齢75になっても色気ある流し目にクラクラしてしまいます。 十五代目片岡仁左衛門、稀代の2枚目スターです。 本名の孝夫の方が馴染...



片岡仁左衛門が当主の上方の名門松嶋屋とはどういう家?

松嶋屋は、初代は江戸時代の元禄期に遡ります。

当時は、大阪で活躍していたそうです。

それが、現仁左衛門の祖父にあたる、

十一代目仁左衛門が、東京に進出してから、

東京が松嶋屋の基盤となりました。

しかし、その息子の十三代目が、

第2の故郷大阪へ渡り、

江戸と上方の両方の芝居を身につけました。

当時関西歌舞伎が危機となった時、

私財を投じて尽力したことは

現在の上方歌舞伎の復興にもつながったことから、

上方の松嶋屋として人気を集めています。

松島屋という家もありますが、

これは、七代目片岡仁左衛門の弟子であった、

片岡市蔵が名乗ったことからできた家だそうです。

こちらのお家についても、後日追記しますね。



十五代目片岡仁左衛門の家系。兄、息子、孫は誰?

では、松嶋屋に属する、

片岡家の歌舞伎役者を紹介します。

片岡仁左衛門の兄:五代目片岡我當(かたおかがとう)・・・片岡家の長男

五代目片岡我當のプロフィール

片岡我當:本名 片岡 秀公(かたおか ひできみ)

生年月日 1935年1月7日

家系 父:十三代目片岡仁左衛門、弟:二代目片岡秀太郎、十五代目片岡仁左衛門。

息子:片岡新之介、甥:片岡孝太郎

最終学歴 同志社大学工学部

屋号 松嶋屋

定紋 七つ割丸に二引

襲名歴 :

1940年 『堀川』のおつる役 片岡秀公の名で初舞台(大阪歌舞伎座)

1971年 『桜時雨』の三郎兵衛役、『二月堂』の良弁役 五代目片岡我當を襲名(大阪新歌舞伎座)

片岡家の長男、片岡我當は、

権力者や悪人役に、存在感を示す方だと感じています。

凄みというのかしら、発するエネルギーに力があるなって

イメージなのです。

同じ力でも仁左衛門の持つ力とは違う感じ。

舞台には、そういう人って必要ですよね。

2014年の12月に体調不良で舞台を離れて以来、

長らく療養生活を送られてもいました。

どうなさっているのか、、と気にしていたところ、

2019年7月の大阪松竹座で約5年ぶりの復帰をされました。

上方歌舞伎を支える一人が復活したことは、

とても明るいニュースだったんですよ。

詳しくはこちらに書いてありますのでお読みくださいね。

六月に体調不良で舞台を休演した市川左團次が、 七月歌舞伎座で復活しました。 大阪松竹座では、片岡我當が約5年ぶりに舞台復帰! ...

片岡仁左衛門の兄:二代目片岡秀太郎(かたおかひでたろう)・・・片岡3兄弟の次男

二代目片岡秀太郎のプロフィール

片岡秀太郎:本名 片岡 彦人(かたおか よしひと)

生年月日 1941年9月13日

家系 父:十三代目片岡仁左衛門、兄:五代目片岡我當、弟:十五代目片岡仁左衛門

妹:片岡静香(女優)、息子(養子):六代目片岡愛之助、

甥:片岡新之介、片岡千之助

出身地 大阪府

屋号 松嶋屋

定紋 七つ割り丸に二引

襲名 1946年 「吉田屋」禿役 片岡彦人として初舞台(京都南座)

1956年 「河内山」浪路役 二代目片岡秀太郎を襲名 (歌舞伎座)

片岡家の次男、片岡秀太郎は、

女方でどちらかというとバイプレイヤーが多い方です。

それでも、なくてはならない重要な役を務めることが多いです。

私のイメージとしては、老け役だったのですが、

2020年2月には、「新口村」の傾城梅川を演じてらして、

その可愛さ、色気に仰天しました。

このおじいちゃんがこんなに可愛くなっちゃうなんて・・・と

歌舞伎役者のすごさを感じた舞台だったんです。

2019年には、その確かな演技力と、脇役としての名人芸が評価され、人間国宝(無形重要文化財保持者)に認定もされたのですよ。

もう一つ、この方の凄いところがあります。

それは、若手の育成・指導に熱心であるということです。

この方に演技を教わったという役者さん、多いのです。

実子は、お嬢さんがお二人いらっしゃいますが、

男の子はいなかったそうです。

1981年に子役から部屋子に入った片岡愛之助を

1993年に養子に迎えています。

愛之助が、今や看板役者として舞台を任されるようになったのは、

片岡秀太郎の指導や後ろ盾も大きかったんだろうと思います。

人間国宝については、こちらにも詳しく書きましたので、よかったらお読みくださいね。

人間国宝(無形重要文化財)認定の答申が 7月19日文化審議会より文部科学省へ送られました。 秋にもこの答申を受け告知となるそうで...



片岡仁左衛門の息子:片岡孝太郎(かたおかたかたろう)

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今夜 7月5日(日) 20時〜 イープラス有料視聴チケット制のライブ・ストリーミング・サービス「Streaming+(ストリーミングプラス)」で歌舞伎夜話特別編「歌舞伎家話第五回」が配信されます。 今回は祖父と父と三代で出演させていただきます!  舞台とは違うトークショーという形で皆様にお会いできること楽しみにしております!  よろしくお願い致します! 詳細はプロフィール欄のリンクに あるのでそちらからぜひご覧ください! #片岡仁左衛門 #片岡孝太郎 #片岡千之助

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初代片岡孝太郎のプロフィール

片岡孝太郎:本名 片岡 康雄(かたおか やすお)

生年月日 1968年1月23日

家系 父:十五代目片岡仁左衛門、妹:片岡サチ(女優)、片岡京子(女優)

長男:片岡千之助、従兄弟:片岡進之介

屋号 松嶋屋

定紋 追っかけ五枚銀杏

初舞台 1973年「夏祭」の市松役で片岡孝太郎を名乗り初舞台(歌舞伎座)

片岡仁左衛門の長男が、片岡孝太郎です。

女方として、活躍が目覚ましい役者です。

市川海老蔵、松本幸四郎、など、家の違う役者さんの

相手役として舞台に立つ姿をよくお見かけしています。

相手に合わせて、自分の役を作ることに長けている方だなあと

感じています。

私生活では、アイスが大好きというところに、

勝手にシンパシーを感じています。笑

お話がお上手で、それが文章にも現れていらっしゃるんですよ。

特に、オフィシャルブログ

「話すことあり、聞くことあり~松嶋屋の若旦那の歌舞伎日記~」

には、歌舞伎のことや、ご自身のプライベートなど

色々分かりやすく説明してあって、

楽しく読ませてもらっています。

14歳年下の奥さまとのラブラブな生活ぶりに、

ほっこりしちゃいます。

片岡孝太郎についてはこちらにも詳しく書いています。

歌舞伎役者、片岡孝太郎。片岡仁左衛門の息子であり、片岡千之助の父でもあります。 2020年2月の歌舞伎座「菅原伝授手習鑑」では、親子3...

片岡仁左衛門の甥:片岡進之介(かたおかしんのすけ)・・・片岡我當の長男

初代片岡進之介のプロフィール

片岡進之介:本名 同じ

生年月日 1967年9月4日

家系 祖父:十三代目片岡仁左衛門、父:五代目片岡我當、

叔父:片岡秀太郎、十五代目片岡仁左衛門、従兄弟:片岡孝太郎

屋号 松嶋屋

定紋 追っかけ五枚銀杏

初舞台 1971年「さくら時雨」禿役として片岡進之介の名で初舞台(大阪新歌舞伎座)

片岡進之介は、片岡我當の長男です。

以前は、舞台での姿をよく見かけたのですが、

我當が療養生活に入ったことからかな、

なかなかお見かけしなくなっていました。

関西で、学生向けに、

歌舞伎について教える講座などを務めているらしいです。

関東よりも関西の方が、基盤となっているようです。

こちらにも書いていますので参考にどうぞ

松嶋屋の長男、片岡我當さんが、7月に、大阪松竹座で、 約5年ぶりの舞台復帰を遂げました。 その長男が、初代片岡進之介です。 ...



片岡仁左衛門の甥:片岡愛之助(かたおかあいのすけ)・・・片岡秀太郎の養子

初代片岡愛之助のプロフィール

片岡愛之助:本名 片岡 寛之(かたおか ひろゆき)*出生名は山元 寛之

家系:一般家庭から、片岡秀太郎の養子となる。

生年月日 1972年3月4日

血液型 B型

屋号 松嶋屋

定紋 追いかけ五枚銀

初お目見え 1981年 片岡千代丸として勧進帳の刀持ちで初舞台(京都南座)

二代目片岡愛之助襲名 1993年 「勧進帳」駿河次郎役(大阪中座)

片岡愛之助は、片岡秀太郎の芸養子です。

幼い頃、習い事として子役の道に入り、

13代目片岡仁左衛門に、その実力と歌舞伎への関心の高さを見出されたといいます。

1981年に片岡一門に入門し、歌舞伎の舞台にも立つようになりました。

1993年に、片岡秀太郎の養子となり、今でも松嶋屋でも売れっ子の役者として、

歌舞伎以外でも、テレビドラマやCMなどでも活躍しています。

2020年は、大河ドラマ「麒麟がくる」と「半沢直樹」と

2代人気ドラマに出演もしていて、

俳優としてのファンも多いのですよ。

奥さまが、女優の藤原紀香さんというのも有名ですね。

2020年8月の花形歌舞伎では、

連獅子を務めていらっしゃいました。

がっしりとした安定感と、鋭い目力、

華やかな毛振りの様子にすっかり見とれてしまいました。

実は、上方舞の名門楳茂都流(うめもとりゅう)の

四代目家元でもあるということで、

舞踊にも長けた方なんですよね〜。

関西での人気も高くて、公演機会も多いのです。

片岡愛之助についてはこちらにも詳しく書いていますので、よかったらお読みくださいね。

歌舞伎界きってのモテ男といえば、通称らぶりんの二代目片岡愛之助。 現在は、妻である女優の藤原紀香と熱々のご様子で、 かつてのプレ...

片岡仁左衛門の孫:片岡千之助(かたおかせんのすけ)・・・片岡孝太郎の長男

初代片岡千之助プロフィール

片岡千之助 本名:片岡 正博(かたおか まさひろ)

生年月日 2000年3月1日

星座:魚座

血液型:O型

家系:祖父:十五代目片岡仁左衛門、父:片岡孝太郎、叔母:片岡サチ(女優)、片岡京子(女優)

屋号:松嶋屋

定紋:追っかけ五枚銀杏

初お目見え:2003年「男女道成寺」所化役(大阪松竹座)

初舞台: 2004年「『松栄祝嶋台』(通称『お祭り』)若鳶千吉役 片岡千之助を名乗る(歌舞伎座)

片岡千之助、これ、ちのすけ と読む方もいらっしゃいますが、

せんのすけ です。

片岡孝太郎の長男で、片岡仁左衛門の孫に当たります。

ただし、孝太郎と実の母親は離婚しているので、

一緒には住んでいないということです。

それでも、歌舞伎が大好きで、

特におじいちゃまの仁左衛門に憧れていて、

熱心に舞台を務めているんですよ。

2020年2月には、「菅原伝授手習鑑」で

初めての女方、しかも刈谷姫という大役を、

無事に務め切ったことが記憶に新しいですね。

この舞台は、祖父、父との3代の競演ということでも話題になりました。

千之助は、まだ20歳の学生さんで、とってもイケメンなんです。

モデルさんみたいで、歌舞伎以外でも人気が高まっています。

自粛期間中は、インスタライブを時折行っていて、

ピュアな素顔を見ることができました。

その素顔については、こちらにも書いていますのでよかったらお読みくださいね。

最近の若手歌舞伎役者の中でも、ひときわ気になる美青年、 片岡千之助は、あの片岡仁左衛門のお孫さん。 インスタグラムでは独特のセン...



多彩な役者を輩出している名門松嶋屋、

その一門について紹介しました。

2020年7月5日(日)に配信された

「歌舞伎家話(かぶきやわ)」の5回目が、

松嶋屋三代、仁左衛門・孝太郎・千之助の対談でした。

対談では、終始孝太郎が話をまとめ、

日頃わからなかった松嶋屋の秘密や日常生活について

詳しく知ることができたんですよ。

その様子もこちらにまとめたので、よかったらお読みくださいね。

歌舞伎家話、歌舞伎役者たちがオンラインでトークを繰り広げるイベントです。 外出規制を逆手にとって、自宅からの出演。 毎回知らなか...

今日も読んでくださり、ありがとう存じまする。



コメント

  1. ayako より:

    楽しく拝読しました。

    秀太郎さんの説明で
    実子には恵まれず、
    弟子だった片岡愛之助を養子に迎えています。
    とありますが、秀太郎さんには娘さんがお2人いらっしゃいますよね?
    男の子が生まれなかったので愛之助さんを芸養子に迎えたのだと思いますが。

    • kaburin より:

      お読みくださり、ありがとうございます!
      説明をすっ飛ばし過ぎました。
      お嬢さまのことも触れ、養子になったことを書き加えました。
      松嶋屋は、10月12月と久しぶりに舞台があり、楽しみです。
      大好きな一門、今後も舞台を観ていきたいと思っています。