歌舞伎十八番「勧進帳」、
数ある演目の中でも人気が高い作品の一つです。
私も、このお芝居が大好きで、何度となく観ていますが、
観るたびに感動を覚える作品です。
歌舞伎初心者にもオススメの演目、
その魅力をお伝えします。
「勧進帳(かんじんちょう)」の意味は?どんな演目?
能の「安宅」を題材とした「松羽目物」と言われる演目です。
弁慶の荒事はじめ、登場人物の大きな見栄や、
独特な台詞回しなど、
歌舞伎の様式美がふんだんに取り入れられている上に、
手に汗を握るストーリー展開。
最後まで目が離せないお芝居なのです。
題名となった「勧進帳(かんじんちょう)」。
聞きなれないものですね。
これは、芝居の中で弁慶が持つ“巻物”のことを言います。
弁慶一行は、山伏に扮して旅をしているのですが、
その旅の目的が、
「東大寺大仏再興のための勧進(寄付を募ること)」なのです。
「勧進帳」とは、その寄付について記録した巻物です。
本来なら、勧進について事細かに書かれているはずですが、
弁慶たちは偽物の山伏ですから、
そんなもの、持ってるはずがありません。
でも、それがバレたら大変なことになる、、、、
私は、その緊迫感が、
弁慶が勧進帳を読み上げるシーンから感じ取れ、
いつも手に汗を握る思いで見ているんです!!
歌舞伎の演目「勧進帳」では、
前半部分は、義経主従を救う弁慶の働きと冨樫とのせめぎ合いを、
台詞回しや大きな動きが見られます。
後半部分は、義経と弁慶の絆、冨樫の情が混じった舞踊劇としての側面が見られます。
この前半と後半の差異も魅力の一つ、
1つの演目で様々な楽しみ方ができる「勧進帳」です。
次に、そのあらすじを紹介します。
歌舞伎「勧進帳」のあらすじを簡単に説明します
「勧進帳」自体は舞台転換もなく、
1時間余りの芝居を一気に見せてくれます。
ここでは、起承転結に沿って紹介します。
〈起:はじまり 義経一行と安宅の関〉
場面は、北陸道の関所、
安宅(あたか)の関(今の石川県小松市あたり)。
鎌倉幕府将軍の源頼朝に、謀反の疑いをかけられた弟の義経は、
家来の武蔵坊弁慶(元山伏)の計画により、
家来とともに陸奥国の藤原一族をたよりに旅をしています。
幕府から、その義経を捉える命令を受けた武士、富樫左衛門(とがしさえもん)は、
関守として、部下の番卒(ばんそつ)たちとともに警戒しているところです。
山伏に扮した家来と強力(荷物持ち)に扮した義経が
その安宅の関へとやってきます。
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花道から現れる義経一行。
この出の部分も、弁慶の役の大きさが感じられる
見どころシーンなんですよ。
〈承:それから 勧進帳と山伏問答〉
山伏を厳しく調べているから通せないと言われた弁慶一行は、
富樫たちと押し問答になります。
火事で焼けた奈良の東大寺再建のため、
各地を回って勧進(寄付)を募っていると言う弁慶に、
富樫は「それなら勧進の目的を書いた勧進帳を読み上げろ」と言うのです。
弁慶は手にある巻物を広げ、あたかもそこに書かれているかのように、
勧進帳を読み上げます。
それを聞いた富樫は、山伏に関する質問を次々に浴びせていきます。
弁慶は、それらの尋ねに応じて答えを述べ、冨樫らの疑いをかわしていくのです。
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第一の山場が、この問答のシーンです。
勧進帳は、もちろん白紙。
覗き見しようとする冨樫と、
それを防ぎつつ読み上げる弁慶の構図は、
かっこいいんです。
歌舞伎の様式美って
こういうところにも見られるなあって思っています。
〈転:ところが 義経打擲(ちょうちゃく)〉
この様子に納得した風を見せ、冨樫は一行の通行を許します。
しかし、去ろうとした弁慶一行について行く強力が義経に似ていると気づいた番卒が
それを告げたことで、再び冨樫らに呼び止められることになります。
疑いを晴らすため、弁慶は杖を取り、義経を打ちすえます。
それは家来が絶対にしてはならない無礼であり、
そうしてでも主君を助けようとする弁慶の姿に富樫は心を打たれ、
関所を通る許可を与えるのです。
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第二の山場が、疑われた義経を打ちすえる場でしょう。
力づくでも、、、と戦意を高める四天王を収めつつ、
冨樫の疑いを晴らすため、
容赦なく打つ弁慶の姿から、
私には痛々しい迫力を感じるのです。
〈結:そして 延年の舞(えんねんのまい)と飛び六方(とびろっぽう)〉
無事に関所を通り過ぎた義経と他の家来たちは、
弁慶の機転をほめ、助かったことを喜びます。
しかし、弁慶は主君を救うためとはいえ、自らの手で打ち叩いた罪に
うちひしがれてしまいます。
その様子を見た義経は手をさしのべてなぐさめます。
そこへ、富樫が追いかけてきて、疑ったおわびのしるしとしてお酒をすすめます。
お礼に弁慶が舞を披露する中、義経と他の家来たちを先に立たせます。
そして自らも、富樫と神仏の助けに感謝したのち、
一行の後を追ってさっていくのでした。
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難を逃れた弁慶、いや、義経一行。
ここで初めて、弁慶と義経の立場が逆転します。
少ない動きながら、
大役の弁慶の主人であることを見せつける
威厳というものが必要なお役です。
はじめ見たときは、
目立たない役だなって思ってましたが、
何度も観るうちに、
この場面の義経の大きさを実感するようになりました。
歌舞伎「勧進帳」の登場人物は?弁慶役者って誰のこと?
「勧進帳」は登場人物も魅力の一つです。
「勧進帳」の登場人物
武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい):
源義経の家来。命をかけても主君を守ろうとする。
源義経(みなもとのよしつね):
弁慶らの主君。源頼朝の弟。平家との戦で手柄を立てるが、その技量から頼朝に疎まれ、追討される。
冨樫左衛門(とがしさえもん):
安宅の関書を守る役人。弁慶一行と知りつその忠義に感動して見逃す。
四天王(してんのう):義経に従う家来。
・亀井六郎(かめいろくろう)・片岡八郎(かたおかはちろう)・駿河次郎(するがじろう)・常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)
弁慶役者といえば誰?
「勧進帳」の人気に伴い、弁慶・義経・冨樫の三役は、
歴代の看板役者が生涯に一度は演じたいと願う役です。
中でも弁慶は、知恵と武勇と人格に優れた役。
とうとうと読み上げる勧進帳や山伏問答での緊迫感、
酔って自らの思い出を語り舞うおおらかさ、
そして、最後の勇壮な飛び六方と
一役でも様々に様相を変え、見せ場が絶えない、
一瞬も気を緩めることができない大役です。
これを務め上げられる役者は弁慶役者とも呼ばれます。
元々は、市川家(成田屋、海老蔵の家)の芸であったこの役です。
九代目市川團十郎が亡くなった後、
後を継いだ七代目松本幸四郎は、1600回も演じたということです。
現在の弁慶役者といえば、
二代目松本白鸚、二代目中村吉右衛門ではないかなと
思うところです。
十三代目片岡仁左衛門の弁慶も豪快で素敵です。
若手の中では、
松本幸四郎が、この役に並々ならぬ意欲を見せています。
市川海老蔵、尾上松緑らも、堂々とした弁慶を
見せてくれています。
義経は女形が演じることが多いです。
昔、中村歌右衛門の義経を見たことがあるのですが、
気配を消すというか、いながらにして、
弁慶を引き立てる存在感に、強く感心した記憶があります。
冨樫は柄の大きい役者が演じることが多いです。
最近でいえば、七代目尾上菊五郎が随一でしょう。
勧進帳「歌舞伎」の見所は?
では、たくさん見どころがあるこの演目の中から、
初心者にもぜひ知っていただきたいことを3つ紹介しましょう。
1:松羽目物(まつばめもの)
幕が開くと、左手に五色の揚幕(あげまく)、右手に臆病口(おくびょうぐち)、
後ろに大きな松の絵(鏡板)のある舞台背景が現れます。
この背景は、能・狂言で使用される能舞台をモデルとして作られたものです。
またこの背景を使うということは、ここで上演される作品の演出も
なるべく能・狂言の方法に近づけて行われることを示しています。
能の「安宅」を題材としていることからも、
その様式を取り入れた演出は、
他の歌舞伎とは違った趣を楽しむことができます。
私は、最低必要弦のしつらえしかないこの舞台で、
これだけの大きな芝居ができることに
歌舞伎の力を感じるのです。
役者あっての舞台、というのを
しみじみと思います。
2:勧進帳と山伏問答(弁慶VS冨樫)
あらすじにもありますが、
この演目で目を離せないサスペンスフルな場面です。
読み上げる勧進帳の内容は
「奈良時代の聖武天皇が作られた東大寺は火事で焼けてしまったが、
再建するために資金や物資を集めている。
少額でも寄付をすると現世で良いことがあり、
来世では極楽に行くことができる」というものです。
しかし、内容以上に見所は、
巻物に書かれていつことを伺い見ようとする冨樫と、
見せまいとする弁慶の攻防です。
もう一つ、その後につながる山伏問答では、
この2人の距離がだんだんと近づいていきます。
正体を暴こうと厳しく問う冨樫に対し、
揺らぐことなく瞬時に問いに応える弁慶、
押しも押されもしない2人のやりとりも手に汗握るものです。
私は、勧進帳は本当に前のめりで観てしまいます。
それは、この弁慶と冨樫のやり取りが、
一瞬たりとも気を抜けない気迫に満ちているからなんです。
精神的な乱闘シーンとでも言いますか(そんな言葉あるの?)、、、
絶対退かない2人のぶつかり合い(精神的な)が
瞬きするのも惜しいくらいだと思っています。
3:飛び六方
芝居の最後、花道を去る時の弁慶が見せるものです。
「六方(ろっぽう)」とは、足と手を大きく振り、歩く演技のことです。
寺院で霊や悪鬼を踏み鎮めるために行われた儀礼の歩き方に起源を持つと考えられていて、
民俗芸能などにもよく見られます。
歌舞伎では、多くの場合荒事(あらごと)の演出として、主要な登場人物の退場時に行われます。
ここでの飛び六方は、主君義経のあとを追う弁慶の力強さを、
客席の中を通る花道をいっぱいに使って臨場感豊かに見せる最後の見せ場なのです。
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勧進帳は花道が効果的に使われています。
弁慶という役は、
引っ込みの場面も飛び六方という見せ場となっていて、
本当に気を緩められない大きな役だなあと思います。
飛び六方は、本当にかっこいいんです。
歌舞伎十八番「勧進帳」と成田屋(市川海老蔵)との関係は?
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)は、
江戸時代の天保年間に七代目市川團十郎(当時五代目市川海老蔵)が
市川宗家のお家芸として選定した、18番の歌舞伎演目のことです。
九代目市川團十郎の没後は、
他の役者にもその芸が受け継がれていきました。
そのため、様々な役者が演じる弁慶を観られるようになったこと、
役者の芸を磨く一役となったことは、
歌舞伎界にとってもファンにとってもありがたいことです。
十二代目市川團十郎亡き後、市川宗家の当主となったのが、
十一代目市川海老蔵です。
海老蔵も、多くの舞台で弁慶役を務めてきました。
2020年5月には、十三代目市川團十郎白猿を襲名、
ただし、襲名披露公演や記念の行事は、
新型コロナウイルスの影響で延期となってしまいました。
「勧進帳」も演目に上がっていたため、
2021年には、團十郎の弁慶が何年ぶりかに復活することになります。
今後は、成田屋の「勧進帳」も楽しみになります。
「勧進帳」は、歌舞伎初心者でも玄人でも
その人なりの楽しさを味わえる素晴らしいお芝居だと思います。
ぜひ一度ご覧ください。
今日も読んでくださり、ありがとう存じまする。
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