歌舞伎の名作「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」を
紹介します。
名場面が随所にあり、単一の場だけで上演されることが多い演目です。
「車引」や「寺子屋」は、特に人気が高く、
それだけでも十分に堪能できるので、
上演機会があればご覧になるといいと思います。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)とはどういうお芝居?
義太夫狂言の部類に入るお芝居で、
人形浄瑠璃、歌舞伎のどちらも人気が高く、
上演されることが多いです。
主人公は、菅丞相。
学問の神様で有名な菅原道真公がモデルとなっています。
政敵の企みで、太宰府へ流されることになった
菅丞相と彼を取り巻く三つ子の物語となっています。
後述しますが、
菅丞相は、神として祀られている菅原道真公がモデルということで、
演じる役者にもひと覚悟が必要な、重い役となっています。
また、主従の忠義と親と子の別れというテーマもあり、
ずっしりと見応えのある大作です。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)の主な登場人物
初めに主な登場人物の紹介をします。
菅丞相(かんしょうじょう):主人公、菅原道眞公がモデルの高潔な人物として描かれる。皇室のスキャンダルから謀反の疑いをかけられ流罪。政敵藤原時平が皇位をねらっていると聞き雷になって京都に舞い戻る。
白太夫(しらたゆう):菅原の下屋敷を任されている、三つ子の父。元は四郎九郎という名だが、70を機に菅丞相より、白太夫を名乗る。
梅王丸(うめおうまる):三つ子の長兄。直情型、菅丞相に使える。
松王丸(まつおうまる):三つ子の次兄。小太郎という優れた息子を持つ。藤原時平に仕えているため、他の兄弟とは敵対関係にある。首実検の役を命じられ苦悩する。
桜丸(さくらまる):三つ子の末弟。斎世親王に使える。親王の密会の手ほどきが、菅丞相失脚の要因となり、その自責の念から自害する。
春(はる):梅王丸の妻、園生の前の守護をする。
千代(ちよ):松王丸の妻で小太郎の母。
八重(やえ):桜丸の妻、園生の前の守護をする。
刈谷姫(かりやひめ):菅丞相の養女で、実母は伯母の覚寿。斎世親王との密会が菅丞相の失脚の要因を作ってしまう。
斎世親王(ときよしんのう):後醍醐天皇の弟、刈谷姫と恋に落ちるが、そのことが菅丞相の失脚を招く。
園生の前(そのうのまえ):菅丞相の正室、菅秀才の母。
覚寿(かくじゅ):菅丞相の伯母で刈谷姫の実母。
武部源蔵(たけべげんぞう):菅丞相の元家来であり書の弟子でもあった。寺子屋を営み菅秀才を匿う。
戸浪(となみ):武部源蔵の妻。元は、園生の前に仕えていた。
菅秀才(かんしゅうさい):菅丞相の息子。7歳。
藤原時平(ふじわらのしへい):左大臣で菅丞相の政敵。邪魔な菅丞相を都落ちさせるなど、陰謀を企む。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)のあらすじ
通しで上演されるのは稀ということですが、
歌舞伎の通称で簡単にあらすじを紹介していきますね。
序の段:
【加茂堤(かもづつみ)】
春の穏やかな日に、加茂堤に牛車が現れます。
乗っているのは、斎世親王、
桜丸と妻の八重の手引きで、
刈谷姫と密会がかなったのです。
外にバレたら大変なスキャンダル、
しかし、そこに追っ手がやってきます。
桜丸は懸命に追い散らすのですが、
その隙を見計らって
斎世親王と刈谷姫は逃げていきます。
【筆法伝授(ひっぽうでんじゅ)】
菅丞相は、筆法(書道)の奥義を譲るべく、
園生の前に仕えていた戸浪と恋に落ち、
不義の罪で勘当されていた武部源蔵を呼び寄せます。
また、斎世親王のスキャンダルで謀反を疑われた菅丞相は、
流罪となってしまいます。
二段目:
【道成寺(どうみょうじ)】
太宰府へ流される菅丞相は、
伯母の覚寿の家にとどまります。
そこに刈谷姫がお詫びに姿をあらわすのですが、
実母である覚寿は姫を杖で打ちます。
襖の向こうから、
「折檻したまうな」の声、
しかしそこにいたのは木彫りの仏像でした。
夜が明ける頃、迎えに伴われ出発した菅丞相。
しかし、その迎えは時平方のもので、
菅丞相の暗殺を企んでいたのでした。
が、その後本物の迎えがやってくると、
菅丞相が姿を現し、覚寿を驚かせます。
先に出て行った菅丞相は、
実は身代わりとなった仏像だったのです。
仏像に命を救われた菅丞相は、
姫との別れを惜しみながら太宰府へと落ちていきます。
三段目:
【車曳き(くるまひき)】
藤原時平の陰謀で失脚した菅丞相と斎世親王。
それぞれに仕える梅王丸と桜丸は、
その恨みを敵の藤原時平に向けます。
時平が乗った牛舎の前に立ちはだかった
梅王丸と、桜丸。
それを、もう一人の三つ子の兄弟松王丸が
とどめます。
牛車から現れた藤原時平の姿に、
梅王丸、桜丸はなすすべもなく
父の70の祝いが済むまでと
ことを預けて立ち去ります。
【賀の祝(がのいわい)】
佐太村では、三つ子の父の
白太夫の70歳の祝いの場が設けられています。
三つ子も妻共々参列していますが、
梅王丸と松王丸は喧嘩となります。
一方、父から刀を渡された桜丸。
菅丞相や斎世親王失脚の原因を作ったことの責任を取り、
自害してしまうのです。
四段目:
【寺子屋(てらこや)】
源蔵と戸波が営む寺子屋では、
村の小僧たちが賑やかに学んでいます。
そこへ上品な女性が現れ、
子どもを預けていきます。
源蔵は時平に、匿っている菅秀才の首を渡せ、
と無理難題に苦しんでいました。
預けられた子どもの顔を見て、
身代わりを立てようと決心します。
首実検にやってきたのは松王丸です。
元々は菅丞相の家臣の息子である松王丸は、
菅秀才の顔をよく知っているのです。
源蔵が、先の身代わりの首を、
菅秀才と偽って差し出すと、
松王丸は、間違いない、と言って去っていきます。
安堵する武蔵夫妻のもとに上品な女性が戻り、
子がどうなったのかを問いただします。
そこに松王丸もやってきて、
「女房喜べ、倅は役に立ったぞ」と言います。
源蔵夫妻に、松王丸夫妻は身代わりになると知って、
息子小太郎を差し出したことを伝えるのでした。
五段目:
【大内の場(おおうちのば)】(割愛されることが多い)
太宰府の菅丞相のもとに梅王丸がやってきて、
藤原時平が帝位をねらっている、
というたくらみを聞きます。
怒った菅秀才は雷と変じ、都へ向かい、
時平の野望を打ち砕くのでした。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)の見どころ
名作だけにたくさんの見どころがあります。
その1:神格化された菅原道真(菅丞相)
菅丞相役は非常に重い役とされています。
それは、モデルが実際に神として祀られている
菅原道真公であることによります。
この役を演じる役者は、
公演期間中は精神面に気を使います。
当たり役としていたのが、十三代目片岡仁左衛門。
演じている間は、楽屋に天神様を祀り、
毎日香を焚いて塩と水も欠かさなかったそうです。
酒や肉食もこの時期は断っていたということ、
十五代目もこの慣習を受け継いでおり、
絶品と言われる菅丞相を見せてくれます。
*この様子は、こちらの記事にも少し書いています。よかったらお読みくださいね。
その2:車曳きの三つ子に見られる様式美
車曳きは人気が高い演目です。
その理由として、歌舞伎の様式美がたっぷりと見られる
ということにあるようです。
三つ子のキャラクターは、
梅王丸が荒事、桜丸が和事と、
この2人の対比が真逆です。
ここに加わる松王丸は、
2人より格の高い役者が演じることが多く、
実事風に描かれます。
彼らの衣装は、帯だけで5kgにのぼるといいます。
それぞれの衣装、葛、隈取りも
キャラクターに合わせて変えられているのです。
その3:親子の別れに涙が・・・
この演目では3組の父子の別れが描かれます。
菅丞相と刈谷姫、命はあっても、
2度と会うことのない別れの辛さを表現します。
2組目は、白太夫と桜丸。
自責の念から自害を考えている桜丸に、
白太夫は刀を差し出します。
3組目は、松王丸、千代夫妻と小太郎です。
身代わりのためとはいい、
我が子の首実検をする松王丸、
小太郎の最後を聞く松王丸と千代の姿は、
涙無くして見られませんよ。
歌舞伎の名作中の名作なので、
他にも見所はいっぱいあります。
自分なりの魅力を見つけて欲しいと思います。
9月の歌舞伎座秀山祭では、
「寺子屋」が上演されます。
中村吉右衛門の松王丸も絶品ですので、
劇場に足をお運びくださいね。
*9月秀山祭については、こちらにも書いていますのでお読みくださいね。
読んでくださり、ありがとう存じまする。
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