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四代目尾上松緑の家系、妻と離婚の理由。父尾上辰之助の追善公演は?

歌舞伎役者
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本日、2月大歌舞伎(歌舞伎座)が千秋楽を迎えました。

初世尾上辰之助、40歳の若さで早世した大器。

その生前の役者人生を偲ぶ33回忌追善公演でもありました。

この公演で、昼の部と夜の部でそれぞれ主役を務めたのが

息子の四代目尾上松緑です。

遅まきながら、kaburinも夜の部を観てまいりました。

いやあ・・・どの演目も素晴らしかった。

心に響きました。

今日は、その尾上松緑について紹介します。



 

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四代目尾上松緑、そのプロフィールと家系は?妻と離婚の原因は?

ぐりっとした大きな眼と恰幅の良さが印象に残る松緑です。

まずは、簡単なプロフィールから。

四代目尾上松緑プロフィール

尾上松緑:本名 藤間あらし (ふじま あらし)

生年月日 1975年2月5日

祖父 二代目尾上松緑

父 初代尾上辰之助(逝去後、三代目尾上松緑の名を追贈される)

屋号 音羽屋

定紋 四つ輪に抱き柏

初お目見え 1980年 本名の藤間あらしで「山姥」怪童丸役で初舞台(国立劇場)

二代目尾上左近襲名 1981年 「幡随長兵衛」長松役(歌舞伎座)

二代目尾上辰之助襲名 1992年 「壽曽我對面」曽我五郎役

四代目尾上松緑襲名 2003年 「勧進帳」弁慶役、「蘭平物狂」伴蘭平役(歌舞伎座)

六世藤間勘右衛門として、藤間流勘右衛門派の家元も務める。



 

元タカラジェンヌの妻との離婚の理由は?子どもの親権は?

尾上松緑は、2001年に元タカラジェンヌの珠希かほ(本名は素子)さんと結婚されました。

その後、2003年に長女、2006年に長男が生まれています。

この長男こそは、2014年に尾上左近を襲名し、

追善公演でも大きな動きで、キビキビとした舞を見せていました。

しかし、2016年に結婚は破局を迎えます。

その1年前から、別居をし代理人を立てての話し合いの末離婚に至ったそうです。

その理由は、「価値観の違い」ということ。

女性問題や仕事の多忙さが原因ではなさそうです。

子どもたちの親権は、母親の素子さんが持っているそうです。

ただし、息子の左近は役者を志しているようなので、

その母としての役割は今後も務めていくのではないかと見られています。

そういえば、松緑の母の記録も表には出て来ていないのです。

ブログを見ると、家の確執もあった様子が伺えて、

お互いが満足できる夫婦像を作りづらかったのかもしれません。

なんて、これは私の私見です。



 

四代目尾上松緑、息子の左近と、尾上辰之助33回忌追善公演をやり遂げた2月大歌舞伎

2月2日から26日まで歌舞伎座で上演されていた2月大歌舞伎。

これは、父である初世尾上辰之助を偲ぶ公演でもありました。

由来の演目、役者が出揃う中、

昼は「すし屋」のいがみの権太、夜は「名月八幡祭」の縮屋新助という

2役を任された責任はさぞかし重かっただろうと推察します。

父親、祖父と、後ろ盾を十代前半で相次いで亡くした松緑は、

七代目尾上菊五郎に師事しながら、

役者としての器を育ててきました。

この2つの役も、尾上菊五郎の当たり役でもあります。

師と仰ぐ菊五郎から教えを受けつつ、

父や祖父の演じた型に敬意を払いつつ、

役を作り上げ、舞台に望んだのではないでしょうか。

kaburinが観たのは夜の部の

「名月八幡歳」では、

狂気に陥っていく、純朴で一本気な田舎商人の悲劇を、

悲哀に満ちた台詞回しや一転しての虚ろな表情から

リアルに演じていました。

観終わった後、しみじみと重く暗い気持ちになったものです。

でも、それはねらっていたことだそうです。

平成25年に新橋演舞場で、「暗闇の丑松」の丑松役を演じた時のコメントに次のようなものがあります。

 「子ども心に、父の丑松をひたすら格好いいと思ったことを覚えています。当時から闇を覗くようなことが好きだったのかもしれない。自分が演じる芝居もそうですし、小説でも演劇でも映画でも、僕がぐっとハートに来るのはバッドエンドのものです。申し訳ない言い方ですが、お客様に沈んで帰ってもらえるような丑松ができるようにしたいです」

そして、この時に縮屋新助にも一言触れています。

 「『縮屋新助』とか『番町皿屋敷』の青山播磨と通じるものがあると思います。自分の浅はかさから階段を転げ落ちていく男の無様さというのか。無様ですが、美しかったり格好よかったりする。それを表現するのが、父は本当にうまかった。人の闇や暗部をえぐり出すのは、父のほうが印象に残っていますから、父のイメージを大事にしたいです」

このコメントを見ると、

暗部を抉り出す演技、お客様が沈むような演技をねらっていたように思えるのです。

最後、担ぎ上げられながら、天を見上げる表情のない目・・・。

あははは、あははは・・と乾いた笑いのうちに連れていかれる縮屋新助の姿は、

強烈に胸に焼き付きました。

この舞台については、以前の記事でも次のように書いています。

 

*「名月八幡祭」縮屋新助役

「まさか父の盟友だったお二人が出てくださるとは思わなかった。『俺がやるよ』と父が出てくるんじゃないかという顔ぶれで本当にありがたい。」

「父の新助の演じ方はストーカーまがいではなく、ニュートラルな田舎の商人が人生初めての恋をし、それが自分の中で消化し切れない、というやり方で演じていたと思うので、それを踏襲したい。」

松緑にとって思い出深い舞台で共演していた、三次の片岡仁左衛門と美代吉の坂東玉三郎が、今回共演者として連ねています。この二人に演出も任せ、リードしてもらいながら、どのような新助像を描くのかも注目です。

 

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実直な新助を悲劇に追いやるのが、対照的にかっこいいけど空っぽな三次と美代吉。

この好対照が余計に悲劇を煽っていたようにも思えます。

さて、本日無事に千秋楽でした。

四代目尾上松緑さん、三代目尾上右近さん、

大役を務めあげ、本当にお疲れ様でした。

心に残る、いい舞台を観ることができました。

今後の舞台も楽しみにしております!

本日も読んでくださり、ありがとう存じまする。

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