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竜雷太の現在と若い頃、息子がギタリスト!嫁は4人目?

俳優
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竜雷太さん、私くらいの年代の人にとってはゴリさん、

もっと上の方には大岩先生、そして若い世代には三国屋かな?

竜雷太さんについて現在と若い頃、そして息子さんや奥様のことなど

まるっと調べたので紹介します。



 

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竜雷太(りゅうらいた)は現在もドラマで活躍、なぜ死亡説?

竜雷太さんは渋い存在感が光るベテラン俳優さんです。

1900年代後半にテレビドラマや映画で大活躍でしたが、

だんだんと姿を見なくなりました。

そのせいでしょうか?

病気説や死亡説まで出ています。

でも、健在ですよ!

ドラマにもちゃんと出演されています。

こちらのブログでも激推しの時代劇「大富豪同心」では、

主人公の卯之吉に甘いおじいちゃん役を好演していらっしゃいます。

この役は、江戸の商売を牛耳る実力者三国屋徳右衛門といい、

卯之吉にデレデレなじじバカの顔と

経済を牛耳る権力者の顔を見事に演じ分けています。

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他にも「ディアペイシェント~絆のカルテ~」や「24JAPAN」など

人気ドラマに単発出演をされているので、

全く姿が見えないわけではないんですね。

不穏な死亡説が出ている理由として

事務所移籍をめぐるゴタゴタではないかと考えられます。

実は、竜さんは若い頃は三船プロダクションに所属していらっしゃいました。

しかし、1979年に内紛問題が起こり、一緒にいた田中寿一さん、阿知波信助さんらと

事務所を脱退し、田中さんの元で真珠墓所を立ち上げたのだそうです。

その後、1983年に田中事務所を離脱し、その煽りか事務所も破産します。

次に阿知波さんと立ち上げたアクターズプロモーションでも問題がおきます。

2007年に阿知波さんが行方不明になってしまったというのです。

その2日後に鹿児島県の犬飼滝で遺体となって発見されるという、

サスペンスドラマのような出来事が起きるのです。

警察は自殺と断定し、事務所も破産、負債総額は5億円にものぼり、

竜さんも多大な損失を受けたということなんです。

もう15年近く前のことですが、

そのことが「竜雷太死亡」説を作り出したのではないかと思います。

その後も、ドラマで様々な役を演じていますから、

中には死亡する役や死を扱うドラマも多かったでしょうね。

そんなことから出た噂、デマなんでしょう。

俳優竜雷太は81歳になる現在も、健在といってもいいと思います。



竜雷太の若い頃、青春ドラマやゴリさん役でブレイク!留学もしてた?

竜雷太さん、若い頃を調べると留学していたという記事もあります。

そこで、人気のきっかけになったドラマ2つと、留学についてまとめます。

竜雷太の若い頃は青春ドラマや太陽にほえろで人気だった

竜雷太さんが俳優としての知名度を上げたのが、

1966年に放映された「これが青春だ」の主役大岩雷太役です。

当時は、全く無名でしたが、このドラマに出演予定だった夏陽介さんが突如降板し、

プロデューサーが、新人を起用することを思い立ち、

竜さんが大抜擢されたのだそうです。

なぜ目に留まったのかというと、

プロヂューサーが竜さんがドラマ「新_新三等重役」の中で運転手役として

たった一言発したセリフに強い印象を抱いたからなのだそうです。

そして、話してみたら、ドラマの主人公にぴったりの経歴を持っていた、

ということが決め手になったということです。

このドラマはヒットし、次作「でっかい青春」でも主役を務めることになります。

 

こうして、竜さんはスターへとなっていったのですが、

始まりが青春ドラマだったってちょっとびっくりしました。

なぜなら、私にとっての竜さんは、「太陽にほえろ」のごりさんだったからです。

ゴリさんというのは、石塚誠刑事の愛称です。

このドラマは、石原裕次郎さんが主役の七曲署という警察署で起きる事件を描いた

刑事物のドラマです。

ゴリさんは、見た目はいかついのですが温厚な刑事さんで、

出演される場面はホッとする空気を醸し出していました。

多くのスター俳優さんたち(松田優作さん、萩原健一さんなど)が

このドラマで刑事役を務めたのですが、

皆さん最後は殉職して番組を去って行ってしまいました。

だけどゴリさんは約10年間、第1話から第525話まで出演され、

最後は殉職してしまいました。

この時は、ドラマで唯一、ボス役の石原裕次郎さんが臨終に立ち会ったという回だったそうです。

長年の功績への慰労ではなかったか、、と言われており、

竜さん自身も、この演出にはとても感動していたということでした。

確かに、そのシーンを見た覚えがあります。

それよりも、私は悲しくて泣いていましたけどね。

このゴリさんという役は、竜さんのライフワークになったかもしれませんが、

その後、このイメージが長くつきまとったんだろうな

ということも予想できます。

そのくらい、私の中でも竜さん=ゴリさんなんですよ。

 



竜雷太は若い頃、アメリカに留学してたって本当?

ここで、竜雷太さんのプロフィールも紹介します。

竜雷太 本名:長谷川 龍男(はせがわ たつお)

生年月日 1940年1月21日(81歳)

出身地 大阪府豊能郡箕面村(現箕面市内)

身長 176cm

血液型 AB型

最終学歴 日本大学芸術学部中退

デビュー 1963年映画「真っ赤な恋の物語」*本名で出演

所属事務所 アートプロモーション

竜さんは1960年に、日本大学を中退し、

テレビタレントセンターの三期生になり、松竹へ入社します(1962年)。

その後、来日中のアメリカ人演出家である、エドダンダスの推薦で

1965年に単身渡米、サンフランシスコ・ステート・カレッジへ1年半留学します。

留学中は皿洗いや運転手などのアルバイトをしながら演技を学び、

帰国後は殺陣師について殺陣の研究もしていたそうです。

そんな時に、プロヂューサーの目に止まり、

「これが青春だ」の出演が決定するんです。

色々な経験が俳優としての才能を開花させたのだなあと思います。

1960年代に渡米するというのはとても大きな経験ですよね。

結構新しい価値観をお持ちの方なのかもしれませんね。

 



竜雷太の息子はギタリスト、韓国に住んでるって本当?

竜雷太さんには、息子さんがお一人いらっしゃいます。

実は、竜さんは、4回も結婚されているのですが、

お子さんは2人目の奥様である女優の夏桂子さんとの間に生まれた息子さんだそうです。

お名前を長谷川洋平さんといいます。

日本ではなく韓国にお住まいで、

現在は、インディーズバンドのプロデューサー兼ギタリストとしてご活躍ということです。

長谷川洋平さんが韓国に渡ったのは、1995年のことでした。

韓国のロックの魅力にとりつかれ、

そのまま出会ったギターにもハマり、

ギタリストとして活動することになったようです。

韓国でギタリストをする上では、

やはり移住するほうがいいと考えたのでしょうかね。

そのまま韓国に住むことになり、

名前も本名ではなくてヤンピョン・イヒョンという愛称で

親しまれているようです。

韓国で、ギタリストであれば、

親の意向を機にすることなく自由に活動することができますよね。

もしかしたら、長谷川陽平さんにもそんな思いがあったかもしれません。

特に、ご本人の談話が出ているわけではないので、

これは推測にしか過ぎません。

ただし、ご両親の離婚にも関連して、

次のようなコメントを残しています。

「両親が離婚しているが、記者たちが訪ねてきて大変だった。僕は絶対に舞台に立つような人間にはならないと思っていたが、偶然ギターにはまった。」

ここからは、

親の七光りを嫌う意味合いと、俳優ではなく音楽を選んだという意思が

うかがえますね。

そうはいっても、韓国という国で、

音楽家として仕事をしていくのは大変だと思います。

それでも、「ヤンピョンイヒョン」と

韓国語では「陽平兄さん」という親しみのある呼ばれ方をしているということは

受け入れられているのかなと感じますね。

日本ではほとんど話題に上ることはありませんが、

一度、どんな音楽をしているのかを拝見したいなあと思います。

韓国は、KPOPが盛んなお国ですものね。

その中で異彩を放つ存在ってすごく気になります。



竜雷太の嫁は4人目らしい!離婚も3回!?

さて最後は、竜雷太さんのご結婚について紹介します。

びっくりしちゃったのが、ご結婚が4回目ということです。

時系列にその事実を書いていきますね。

竜雷太の結婚第1回目

1969年に女優の吉成洋子さんという方とご結婚されています。

しかし、わずか1年で離婚です。

その原因は、竜さんの浮気にありそうです。

なぜなら、2回目のご結婚は不倫の末、、と言われているからです。

竜雷太の結婚第2回目

1970年に女優の夏桂子さんと結婚されています。

先ほどの、長谷川陽平さんのお母さまに当たりますね。

夏さんとは、お子さんも生まれたからか

他の方に比べてながく結婚生活が続いています。

それでも1991年に離婚をしてしまうのです。

その理由は定かではありません。

あまりにも昔すぎて、ちょっと調べも行き詰まりました。

何か情報があれば追記したいと思います。

竜雷太の結婚第3回目

1992年に再々婚。

この時のお相手は、一般女性で飲食店に勤めている方ということでした。

しかしこの方とも1年ほどで離婚されてしまいます。

竜雷太の結婚第4回目

現在まで伴侶として連れ添っているのが今の奥様、

一般女性でお名前は祐紀子さんというらしいです。

いつ頃結婚されたかは不明ですが、

穏やかに結婚生活が送れていたらいいなあと、

願うところです。

何回結婚するかはご本人の自由でしょうが、

もう81歳ということなので、

安定したご家庭で過ごされた方がいいんじゃないかなあという勝手な思い込みです。

 

 

俳優の竜雷太さん、私にとってはゴリさんから三国屋のおじいさん、

素敵な方だなって思っています。

これからもお元気で、ドラマや映画でお姿を見かけたいものです。

読んでくださり、ありがとう存じまする。



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