二代目中村獅童(歌舞伎役者)のプロフィール、妻と息子、癌から復帰を果たしたチャレンジャー。歴史にドキリで小学生にも人気!

歌舞伎にとどまらず、テレビや映画やファッション誌でも活躍中。

ちょっと奇抜な印象が大人気の、二代目中村獅童。

現在オフシアター歌舞伎で、新たな表現にチャレンジしている

中村獅童について、紹介します。

パッと見、やんちゃなおじさん?

実は、歌舞伎役者として、ここまで名を立てるには、

色々な苦労もあったのです。



名門なのに、先代が廃業?二代目中村獅童のプロフィールと家系

まずは、ご本人のプロフィールから見ていきましょう。

二代目中村獅童のプロフィール

二代目中村獅童:本名 小川 幹弘(おがわ みきひろ)

生年月日 1972年9月14日

家系 父:初代中村獅童、母:小川陽子、従兄弟:五代目中村時蔵、二代目中村錦之助

血液型 O型

身長 177cm ・体重 63kg・足のサイズ 26.5cm

学歴 日本大学藝術学部演劇学科中退

屋号 萬屋

定紋 桐蝶

襲名 1981年「妹背山婦女庭訓」「御殿」の豆腐買の娘おひろ役で二代目中村獅童を名乗り初舞台

2002年の映画「ピンポン」では、準主役のドラゴンを演じ、

その怪演が高く評価されます。

この年の日本アカデミー賞、ゴールデンアロー症など、

主要な映画賞の新人賞5冠を受賞しています。

歌舞伎でも、主演を務めるようになっているのですが、

そこに至るまでは大変な道のりもあったんですよ。

insutaguramuより



名門なのに父が廃業?中村獅童の家族、妻と息子

父の初代中村獅童は、三代目中村時蔵の3男です。

2人の兄は、それぞれ二代目中村歌昇、四代目中村時蔵で共に歌舞伎役者でした。

2人の弟は、萬屋錦之介、中村嘉葎雄という映画スター、

芸能5兄弟の真ん中です。

初めは、歌舞伎役者として活躍をしていたのですが、

自ら廃業してしまいます。

そんな中、母の後押しだけで歌舞伎界へ乗り出した獅童、

当初は、

「君は10年経っても主役はとれない」と

配給会社の偉い方から言われたそうです。

家の名が配役に、モロ影響する歌舞伎界。

なので、初めのうちは、名前のつく役はなかったそうです。

そんな獅童を支えてくれたのが母親の陽子さんでした。

まあ、厳しい方でもあったようですけどね。

そのお母様が逝去された時(2013年12月)は、

「中村獅童は、小川洋子が作った最高傑作だったと言われるような役者になれるよう頑張ります。」と号泣し、

参列者の涙を誘ったそうです。

その葬儀で注目になったのが、前妻の竹内結子さん。

獅童とは、映画での共演をきっかけに、2005年に結婚しています。

同年、長男太郎君が生まれますが、

2008年に離婚をしてしまいます。

そのきっかけは、獅童の女性問題と言われていますが、

姑である陽子さんとの確執があったと女性誌では噂していました。

梨園の妻となると、かなり自分のことをセーブして、

尽くさなければなりません。

加えて、長男にあとを継がせるのかということも、

確執の原因になったそうです。

実際のところ、親権は竹内さんが持っているので、

父として息子と会う機会はあるものの、

歌舞伎役者として舞台に立つ可能性はとても低いでしょう。

獅童の現在の妻は、小川沙織さんです。

一般の会社にお勤めの女性ということでしたが、

雑誌のモデルなどを務めていたこともあるようで、

お綺麗な方です。

この夫人の間に、長男の陽喜くんが誕生しています。

現在2歳と半年くらいかな?

あと1年くらいしたら、初お目見えのお話も出てくるんじゃないでしょうかね?。

2世というと、5月は尾上丑之助さん(尾上菊之助の長男:音羽屋)の襲名で、

賑わいました。

次なる2世の襲名というと、

市川海老蔵さんの長男堀越勸玄くんの市川新之助襲名が控えています。

この勸玄くんは、2歳になる前に初お目見え、

4歳で史上最年少の初乗りも記録しています。

市川海老蔵さんと獅童はとても仲が良いということなので、

そんな将来も考えてしまいました。



二代目中村獅童、癌からの復帰に妻と息子の支えあり

獅童が沙織さんと再婚したのが2015年です。

その2年後、2017年5月におめでたが判明しました。

当時の獅童の喜びようは・・・

と思いきや、その3日後に自身に、肺腺癌が見つかるのです。

発症した肺腺癌とは日本人で最も発生確率が多い癌と言われています。

奇跡的にかなり早い段階で発見する事ができたそうです。

癌の大きさは、直径で5ミリから10ミリで、

癌の治療の中でも、それほど負担が重くない手術であったそうです。

この早期発見に一役買ったのが、沙織さんでした。

人間ドッグ受診を勧め、その結果ガンが発見できたということ。

中村獅童さんも「1人では気づかなかった」と妻へ感謝の言葉を語っていました。

芝居の方は、休んで治療に専念していた獅童が復帰したのが、

2018年1月です。

この間に、長男も誕生し2重の喜びを味わったということです。

癌で亡くなった役者さんもいらっしゃいます。

治療を乗り越え、再び舞台に復活した獅童、

益々役者道を邁進していくものと思われます。

そうそう、本人のインスタグラム、

ほとんどが陽喜くんの画像です。

親子の姿が微笑ましいなあと思いながら

見ています。

Instagramより



二代目中村獅童、歌舞伎界のチャレンジャー

私は、中村獅童がまだ駆け出しの頃、

楽屋口で見た獅童の靴の印象が今でも強く残っています。

茶色い皮で鋲がついた、ちょっと履き古した感じのショートブーツです。

当時から、パンクな香りがしていて、

気になる役者として、舞台を見ていました。

現在は、古典歌舞伎に加え、新作にも意欲的に取り組む姿に、

チャレンジャーとしての存在を実感しています。

バーチャルシンガー、初音ミクとの共演、

超歌舞伎「今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)」

の上演も今までには考えられなかった新しいパフォーマンスです。

この5月は、あらなた試みである

オフシアター歌舞伎にも挑戦しています。

近松門左衛門原作の

「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)で、

主演の与兵衛を演じています。

通常の劇場とは違って360度から観ることができるステージ、

ポスターもかなり斬新です。

写真家の小浪次郎が撮り下ろし、

スタイリストの長瀬哲朗による衣装とも相まって

歌舞伎のイメージを覆すような一枚に仕上がっていました。

この舞台を通じて、獅童は、

江戸時代、庶民の先端を走っていた歌舞伎を

表したかったんじゃないかなあと思います。

当時の歌舞伎は、衣装やメーク、

派手な立ち回りや粋なセリフまで、まさにパンクでした。

この演目は、

庶民の生活や風習を映し出した世話物に分類されます。

江戸を現在が表現したらどうなるのか?

獅童が務める江戸のパンク、そんな楽しみ方ができる舞台です。



二代目中村獅童、「歴史にドキリ」で小学生に大人気

歌舞伎役者が教育番組でコスプレして歌って踊る。

そんなユニークな番組をご存知ですか?

2012年から2014年にかけて作られたので、

もう古い話題にはなるのですが、

意外と知らない方もいらっしゃいます。

「歴史にドキリ」NHK Eテレで放映中の番組です。

毎回、歴史の偉人に獅童が扮し、

その時代の出来事や偉人が行なった業績を解説してくれます。

その中で、ヒャダイン作曲の歌を、

歌って踊ってというシーンがあるんですね~。

内容は、超絶真面目なことです。

だけど、表現がチャラけています。

この役柄、他にできる人はいないんじゃないかなあと

思うほどにはまり役です。

私は、教育番組として見たことがあり、

その時はびっくりしました。

でも、子どもたちには大ウケでした。

彼は、多くの人を惹きつける、

そういう魅力を持った役者なんだなあということを

つくづくと感じましたよ。

二代目中村獅童、色々な意味で気になる役者です。

今後も、新たな情報があればお知らせしていきますね。

読んでくださり、ありがとう存じまする。