「仁左衛門恋し」片岡仁左衛門ロングインタビュー、当代随一の2枚目役者の半生と芸と家族を語る【書評】

「仁左衛門恋し」は、

十五代目片岡仁左衛門のロングインタビューをまとめた書籍です。

ここで語られている仁左衛門の言葉は、

リアルに満ち、目の前にご本人がいらっしゃるようです。

古い本ではありますが、この本から片岡仁左衛門の魅力を

紐解いてみたいと思い読みました。

その中から印象に残ったことを紹介します。

2014年徳間文庫カレッジから発行



「仁左衛門恋し」は十五代目片岡仁左衛門へのロングインタビュー

著者の小松成美さんは、ノンフィクション作家で、

第一戦で活躍する人物のルポルタージュを得意としている方です。

他の著作に、「虹色のチョーク~働く幸せを実現した町工場の奇跡」(幻冬社)。

「YOSHIKI/佳樹」(カドカワグループパブリッシング)などがあります。

ちなみに、本書は2002年に世界文化社から発行された書籍に、

最新インタビューを加筆し再構成したものです。

関西歌舞伎の名門の家の3男に生まれ、

5歳で初舞台を踏み、以降歌舞伎界に貢献してきた

大役者です。

現在75歳という御歳ながら、色気のある男を演じさせたら、

まだまだ右に出るものは出ませんよ~

という存在感を誇る方です。

その仁左衛門の半生を振り返りながらのインタビューでは、

芸に対するこだわりはもちろんのこと、

日頃語ることのなかったプライベートや大病克服しての死生観まで

褪せることのない仁左衛門の魅力がたっぷり詰まっています。

*片岡仁左衛門のプロフィールや歌舞伎役者としての現在、家族等については、こちらの記事にも書いています。よかったらお読みください。

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十五代目片岡仁左衛門、芸について語る

歌舞伎役者として、歌舞伎に対する思いはもちろんのこと、

他分野でも役者としての活躍を見せています。

その芸についての思いから印象に残ったことを抜き出してみました。

片岡仁左衛門、芸へのこだわり

役者には、演技を客観的に分析し、外側から作り込んで行くタイプと、

肚からその役にのめり込むタイプと2種類ある、

その上で自身を後者、「ひたすら役に邁進するタイプ」と述べています。

その上で、お客さまのことも配慮し、「序破急」を意識して

演出をすることもあるのだそうです。

仁左衛門の当たり役に、「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の菅丞相(かんしょうじょう)役があります。

この役を演じるにあたって仁左衛門は次のように述べています。

「これ以上洗練しようもないほど少ない動きで4階席のお客様の心をつかむことができるのか。

当ててやろうということは、一切してはならないし、技巧や技術ではどうなるものでもありません。

全て忘れて丞相様になりきれるか、それが勝負なんです。」

役に没頭するという仁左衛門、

菅丞相を演じる時は、食べ物や習慣など、

ストイックなほどに規制を課しているそうです。

役になりきるからこそ、

その佇まいだけでも、「菅丞相」ありと言われる所以なのでしょう。

他の当たり役では

女ったらしだったり、甲斐性のないボンボンだったり、

ということもあるのですが、

これはそこまで生活を真似たりしないわよね?

ちょっと気になってしまいます。

「孝・玉コンビ」人気舞台の裏ではケンカばかり?

若手歌舞伎でコンビを組んだ、坂東玉三郎とは、

その美しさから、「孝・玉」と言われ大人気となりました。

当時は、プライベートではほとんど会わなかったとか。

それよりも、芸のことでケンカをしていたというエピソードがあります。

稽古の時も、幕が開いてもケンカをした、

議論の時もあったようですけどね。

昔の劇場の楽屋は、壁が薄くて、壁越しにもケンカをしたんですって。

なんか、想像がつかないんですけど、

それだけ芸に対するガチな思いがあるんでしょうね。

関西から関東に出てきたとき、

お世話をしてくれた一人が、

坂東玉三郎の師匠の守田勘弥さんだったことからも、

気がおけずにケンカできる仲だったのかもしれません。

今でも、「仁左・玉」の美しさ、華がある演技は健在です。

お二人とも身長が高いので、

揃って舞台に立つと、周りを圧倒する存在感をかもし出すんです。

今年で言うと、2月大歌舞伎の「名月八幡祭(めいげつはちまんさい)」で、

主人公の尾上松緑演じる縮屋新助(ちぢみやしんすけ)を翻弄する、

船頭三次と芸者美代吉を2人が演じていたのですが、

息がぴったりとしか言いようがない、

自堕落な放蕩っぷりでした。

私の記憶の中のベスト「仁左・玉」は、

いつだか忘れましたが、野崎村の道行のシーンです。

雪が降り積もる中、

蓑に包まって立っているだけで

「ほ~」とため息が出たのを覚えています。

その一瞬に会いたくて、また「仁左・玉」をみにいっちゃうんです。

他流試合で芸を磨く、テレビ、映画、舞台での挑戦

「僕はなんでもやりたい人なんですよ。」

その言葉が物語るとおり、

様々な種類の演劇や芸に挑戦しています。

テレビドラマ、映画、商業演劇、シェイクスピア、クイズ番組の司会から、

設計や着物のデザインまで、色々と取り組んできたそうです。

ドラマや映画では、

めちゃくちゃ嫌な男とか、どうしようもない男も演じているのですが、

それはそれで楽しいのだそうです。

自分とは違う人格を演じることで、

また芸に幅が出るということみたいです。

最近は映画の出演はありませんが、

それは歌舞伎が忙しいということから。

この後触れますが、一時期歌舞伎界が低迷していた時期があります。

特に関西の歌舞伎は大打撃、

役がつかない時は、そういう他流試合を通じて、

演劇を追求していたようです。

私は、やっぱり歌舞伎の仁左衛門が好きなので、

他の種類の芝居を観ようとは思いません。

でも、評判が悪くて早々に打切りになったという、

司会は見てみたいなあ。

寡黙な仁左衛門が、どうやってMCを回すのか興味あります。

悪趣味かもしれないですけど。

2002年世界文化社から発行

十五代目片岡仁左衛門の半生、関西歌舞伎の低迷と東京進出と大病克服

さて、本書では仁左衛門の半生も語られています。

その中でも特に大きいのは、関西歌舞伎の低迷時期のこと、

東京進出してからの活躍、そして大病の克服です。

関西歌舞伎低迷の時代、仁左衛門歌舞伎と内緒の副業

仁左衛門は大阪生まれの京都育ち、

そして23歳からは東京に住んでいるとのことです。

西と東の違いを肌身で感じながら

演技をしてきた役者、自らを無国籍と語ります。

高校時代は、関西の歌舞伎が低迷し、

父にも芝居の役がつかなくなったのをみて、

役者を辞めようと思ったこともあったとか。

家計のために、兄と姉と自宅の2階で

もぐりの料理屋をしたこともあるのだそうですよ。

その後どうしても芝居ができなくなってきた昭和37年、

父の十三代目が自宅を手放す覚悟で借金をし、

「仁左衛門歌舞伎」を旗揚げしたのだそうです。

興行がなければ、自分たちで企画して

芝居公演を行う、

今では自主公演をしている役者さんも多いですが、

当時はそんなにお客様がつかなかった時代です。

それなのに自分で劇団を仕立てて芝居をするって

相当の覚悟だったと思うのです。

それほどまでに、低迷していた関西歌舞伎。

その底を見ているからこそ、

今の歌舞伎を後世につなげたいという思いもあるのでしょう。

上方役者片岡仁左衛門、東京進出ストーリー

東京移住は、23歳の時。

22歳で結婚しての上京。

自分から会社に頼んで押しかけ上京だったそうです。

最初は役もつかなかったそうですが、

十七代目中村勘三郎と、十四代目守田勘弥が、

お世話をしてくれたのだそうです。

玉三郎とのコンビは、ここから始まったのですね。

それでも、風習の違いや台詞回し、イントネーションの違いは、

苦労でもあったようです。

大病の克服、そして仁左衛門襲名へ

さて、片岡仁左衛門襲名が決まってから、

大病で入院をしています。

歌舞伎役者は、芝居に穴を開けられないと、

体調が悪くても休まず舞台に立ち続けることが

よくあるということ。

だから、仁左衛門も自分の体調不良を我慢しちゃったんですって。

そうしたら、大変なことになってしまいました。

1992年のことです。

京都南座の打ち上げの席で倒れ、

膿胸、大葉性肺炎、食堂亀裂などを発症していたのですね。

緊急入院の後、東京の病院に転院し、合計234日の入院生活を

送ることになったのだそうです。

妻の博江さんはじめ、家族の献身的な看病の結果、

8月に無事退院を果たします。

闘病生活を振り返り、「生かされていること」に感謝しつつも、

死への恐怖感はなく、

死んでも仕方がないと思ったのだそうです。

仁左衛門は死生観を問われ、

「人が生きる上で、生命が潰える日のことを考えられなければ嘘だろうと思った。」

「運命・天命・宿命。人間は神樣の掌(たなごころ)の中で生かされているような気がする。この世のために生きていなければならない者であれば、生かしてくださる。~僕の場合、病気と闘ったというより、流れに任せたという方が正しいんです。結果的に病気が治って、復帰が叶い、仁左衛門を襲名することができた。それも死ぬことよりもっと大変なことかもしれないけれど、生かされた以上、その役割、使命を全うしたいと考えています。」

と答えています。

自分がどうこうできる者ではない命、

だからこそ、生かされているという感謝の気持ちを大切にしている

仁左衛門の気持ちに感動しました。



十五代目片岡仁左衛門、家族が語る妻、子どもとの関係

後半、家族との写真やインタビューが掲載されています。

それを読むと、家族の中の良さ、

特に夫婦仲の良さを微笑ましく感じます。

妻の博江さんは、小学校1、2年の時の同級生ということですが、

今では、一家の要として家族を支えているのだそうです。

歌舞伎役者である孝太郎さん、女優である汐風幸さん、片岡京子さん、

皆、幼い頃からの父の背中や子育てについて

懐かしそうに語っています。

役者の姿からは見られない素顔を

知ることができるのもこのインタビューの魅力です。

私が一番気に入ったのは、

「母の趣味は父である」というくだり。

とてもエネルギッシュで(子供時代のあだ名は女ターザン)、

舞台の外でのブレーンという妻に対しては、

仁左衛門は全く頭が上がらない様子です。

それも嬉しそうに話しているので、

このインタビューは読む価値あると思いますよ。

余談ですが、このインタビューに掲載されているこの家族写真。

孝太郎さんに抱っこされている男の子が、

今をときめく片岡千之助さんですよ。

*片岡千之助さんのプロフィールや現在の話題については、こちらもよかったらお読みください。

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本書は、十五代目片岡仁左衛門について、

様々な話を引き出し、多面的にその実像を描いている、

優れたルポルタージュだと思います。

今日も読んでくださり、ありがとう存じまする。

「仁左衛門恋し」by小松成美(徳間文庫カレッジ)