中村福助、病気からの復帰。9月秀山祭では歩く姿も!介護の妻と支える息子児太郎、歌右衛門襲名はなるのか?

九代目中村福助、平成最後の歌舞伎座で、「令和」を交えた台詞が話題です。

昨年(2018年9月)に4年余りの闘病生活から舞台復帰を果たし、

ファンの期待が集まっています。

その中村福助について紹介します。



九代目中村福助のプロフィール、家系、女性問題の噂は本当?

まずは簡単なプロフィールから紹介します。

九代目中村福助のプロフィールと家系

九代目中村福助のプロフィール

中村福助 本名:中村 栄一(なかむら えいいち)

生年月日 1960年10月29日

星座 蠍座

血液型 O型

学歴 青山学院大学高等部中退

屋号 成駒屋

定紋 祇園守 裏梅

襲名歴 1967年 「野崎村」庄屋の倅役他で、5代目中村児太郎を名乗り初舞台

1992年 「金閣寺」雪姫役、「娘道成寺」白拍子花子役で九代目中村福助を襲名

趣味 感激、野球観戦、ゴルフ

子ども時代からウルトラマンが大好きで、舞台に立つとご褒美にもらった人形が

かなりの数に上っているらしいです。

また、阪神タイガースファンということで、

以前楽屋に六甲おろしの歌詞が入った暖簾をかけていたことがあるそうです。

また、以前紹介した、六代目中村小太郎のお父様でもあります。

九代目中村福助の家系は?

ここで、その家系をおさらいしましょう。

父:七代目中村芝翫、息子:六代目中村児太郎、弟:八代目中村芝翫、

姉:中村梅彌(舞踊家)、波野好江(故十八代目中村勘三郎の妻)、

そして、弟の妻である義理の妹が三田寛子さんです。

後述する、中村歌右衛門は祖父の弟、大伯父に当たります。

父も弟も芝翫なのでややこしいのですが、

父の芝翫は品格のある女形役者でした。

福助もその家の芸を受け継ぎ、

姿美し、声よしで、人気を誇る女形なのです。

息子、中村児太郎については、こちらからもどうぞ。

歌舞伎役者六代目中村児太郎、 女形の難役とされる「金閣寺」の雪姫、 「壇浦兜軍記」の阿古屋などを演じきり、 その存在感が増...



九代目中村福助の女性問題、あの噂は本当?

役者としては、随一の芸と人気を誇る福助、

私生活では色々な問題があるようです。

メディア等では次のような噂が流れていました。

*お酒を飲んで酔っ払って顔を怪我したことがある

*プレイボーイで、女性とのスキャンダルが多い

*妻は、「中村福助はファンのもの」と浮気に寛容である。

*不倫相手が子供を流産したことがある

*愛人と言われていた女性が自殺した

女性関係は、かなり派手だったようですね。

それらに関して

「僕は関係ない」と言ってしまうこともあったとか。

寛容だという妻でも、

流石に愛人の自殺という悲劇に直面し、

心穏やかではなかったと思います。

まあ、噂の真相は私にはよくわかりませんし、

そこを追求したいということでもないので、

この話はここまでにしておきます。

芸のためなら・・・

って歌、昔流行りましたが、

それは言い訳にはなりませんね。



九代目中村福助、突然の病気療養、献身的な妻の介護とリハビリを経ての舞台復帰

私生活がゴタゴタしている折に、

本人にも悲劇が襲います。

2013年11月、脳内出血により、筋力低下という状況に陥り、

役者生命が危ぶまれることになったのです。

新歌舞伎座の呪いではないか・・・なんて

ことを言う方も当時はいらっしゃったそうです。

一命は取り留めたものの、

体が思うように動かない日々、

長期の療養、リハビリ生活を余儀なくされることになったのです。

その福助を献身的に支え、介護してきたのが福助の妻でした。

一時は、スキャンダルにより、

夫婦関係も仮面状態・・・と言われていましたが、

やはりこの方しか支える人はいなかったようですね。

なんでも、発病したころは動くことや話すことも満足にできず、

福助は、「役者を辞める」と弱気なことを口にすることもあったそうです。

そんな彼をそばで励まし続け、

食事からトイレ、入浴まで生活のすべてをサポートしたといいます。

本当に、頭が下がります。

元々、福助ファンであったと言う妻、

舞台に立つ夫の姿を見たいという気持ちは、

おそらく人一倍強かったのではないかと拝察します。

その甲斐あって、2018年9月、

福助は4年10ヶ月ぶりに舞台復帰を果たします。

演目は、「金閣寺」、

息子である児太郎が、歌舞伎“三姫”のひとつである雪姫を熱演。

クライマックスで将軍の生母である慶寿院尼役で登場し、

3つのセリフを披露し、約4分間の舞台を務め上げたそうです。

場内は割れんばかりの拍手、

涙涙の復帰舞台でした。

その後、松竹を通して、次のようなコメントを発表しています。

「この5年近く、毎日のように芝居の夢を見ました。目覚めて涙した事もありましたが、今日の私があるのも諸先輩方、関係各位、とりわけファンの皆様のおかげ。まだ万全ではないですが、見守っていただけたら幸いです」

右腕や足を動かすことはまだぎこちないと言います。

それでも2019年は少しずつその幅を広げています。



2019年、中村福助、着々と舞台へ・・・

4月大歌舞伎では、「平成代名残絵巻(おさまるみよなごりのえまき)」で、

福助は常盤御前役として出演。

「令和」を交えた台詞をよく通る声で披露しました。

そして、9月の秀山祭「寺子屋」では、

園生の前を務めています。

お芝居の終盤、松王丸の声に呼ばれて、

なんとなんと、

奥の間から、歩いて姿を現しました。

戸浪役の児太郎の介添はありましたが、

客席からもはっきりとそのお姿を拝見することができました。

満足のいく動きはまだ時間がかかりそうですが、

美しさは健在、待ち望んでいたファンも大喜びの一幕でした。



九代目中村福助、中村歌右衛門襲名はなるのか?

さて、2013年9月、倒れる2ヶ月前に、

松竹から、歌舞伎俳優の中村福助が、

歌舞伎の女形の大名跡である中村歌右衛門の七代目を来年襲名すると発表がありました。

歌右衛門は、江戸時代半ばの初代に始まり、五代目は明治末から昭和初めを代表する女形の名跡です。

六代目歌右衛門さんは「女形の至宝」と言われ、

戦後の歌舞伎界で頂点を極めて2001年にご逝去されました。

私も拝見したことはありますが、

すでにご高齢であまり記憶はないのですが、

存在感というか、オーラのような凄みを

感じたことを覚えています。

家系でも書きましたが、六代目中村歌右衛門は大伯父です。

早逝した祖父の代わりに継いだこの名を、

父芝翫にとっては念願の名だったと聞いています。

成駒屋の女形にとっては、他に譲れない大きな名です。

父の悲願を、息子の福助が受け継いだ・・・という矢先の病気療養でした。

実は、歌右衛門襲名と同時に、長男の中村児太郎が

十代目福助を襲名することも予定されていました。

現在、この襲名については白紙の状態です。

福助完全復帰の暁には、またこの計画が進むかもしれません。

それだけの実力と人気がある役者なのです。

今月の舞台で、お姿を拝見できたことは、

本当に嬉しいできごとでした。

1日も早く、倒れる前の姿を取り戻してくださることを、

歌舞伎ファンの一人として願っているところです。

今日も、読んでくださり、ありがとう存じまする。