歌舞伎演目「日本振袖始~大蛇退治~(にほんふりそではじめ~だいじゃたいじ~)」は、
歌舞伎舞踊の演目です。
原作は近松門左衛門で、全五段ものの浄瑠璃作品ということ。
日本書記や古事記に由来する
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の大蛇退治を原案とした演目なんだそうです。
日本の神話の世界を、歌舞伎舞踊で描くとどうなるのか、興味がわきますね。
この大蛇退治の幕は、約1時間ほどの作品です。
そのあらすじや見どころを紹介します。
日本振袖始~大蛇退治~のあらすじ
〈登場人物〉
岩長姫実は八岐大蛇(いわながひめじつはやまたのおろち)
八岐大蛇は、八つの頭を持つ大蛇の怪物。醜く生まれたため、美しいものを憎む岩長姫は大蛇の化身。
稲田姫(いなだひめ)
長者の娘。八岐大蛇の生贄として差し出される。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)
稲田姫の恋人であり、剣の達人。姫を救うために酒を仕込み大蛇と戦う
〈あらすじ〉
大昔の神の時代
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を后にして帝位に就いていました。
木花咲耶姫には、岩長姫という姉がおりましたが、
妹に嫉妬し、殺害を試みます。
しかし、その企みに失敗したため、
木花咲耶姫に想いを寄せる素戔嗚尊を騙して、
帝の宝である十握の宝剣を奪い取ってしまいます。
岩長姫、その正体は八岐大蛇であると知った素盞嗚尊は
宝剣を取り返すべく、たびに出ます。
出雲国を流れる簸(ひ)の川の川上。
その山奥には昼でも暗い森があり、そこには八つの頭と尾を持つ怪物、八岐大蛇が棲んでいます。
村人は、その祟りを恐れて、毎年美しい姫を生贄に差し出していました。
今年の生贄は、手摩乳(てなづち)長者の娘である稲田姫。
差し出された稲田姫が悲しんでいるところに
大蛇の化身である岩長姫が現れます。
稲田姫を襲おうとした岩長姫は、
酒の匂いに気づくと、そちらに向かい、
八つの甕に入った酒を次々と飲み干します。
酔った岩長姫は舞い始めるのですが、
酒には毒が仕込まれており、
それが次第に回って苦しみ出します。
その恐ろしさに、神仏への祈りを捧げる稲田姫、
それを見た岩長姫は、ついには稲田姫をも飲み込んでしまうのでした。
そこへ、稲田姫を救おうと素戔嗚尊が現れます。
以前、素戔嗚尊は、八岐大蛇に十握の宝剣(とつかのほうけん)を
飲み込まれており、
それを取り返す目的もありました。
先の酒を準備したのも素戔嗚尊で、
そこには毒が仕込まれていました。
だんだんと毒が周った大蛇は本性を現し、
素戔嗚尊にも襲いかかります。
激しい戦いになり、素戔嗚尊も危うくなりかけたところ、
稲田姫が素盞嗚尊から預かった剣で大蛇の腹を裂き、
そこから脱出します。
素盞嗚尊と姫は力を合わせ、大蛇を退治し、
十握の宝剣も取り戻すのでした。
日本振袖始~大蛇退治~の見どころ
日本振袖始~大蛇退治~の見どころを二つ紹介します。
神話が基ということもあり、ストーリーはわかりやすいです。
舞踊の演目でもあり、岩永姫は女形の大役ともいわれています。
その1:岩長姫の怪しく美しい舞踊
大蛇の化身である美しくも妖気を漂わす
岩長姫の舞踊が必見です。
見た目はお姫様だけど、実は大蛇の怪物。
酒の匂いに勝てず、ぐいぐいと飲み干し、
舞うのですが、
その舞がとても美しいのです。
音楽に乗って扇子を片手に酒を飲む様子を表現し、
酒に酔って舞う姫の姿を堪能したいものです。
その2:八岐大蛇との激しい戦い
素盞嗚尊と八岐大蛇が繰り広げる激しい戦い。
八岐大蛇は、八頭八尾を持つ怪物です。
戦いの中、七体の分身が現れ、
次々と素盞嗚尊を襲うのです。
その戦いの様子も、またこの演目ならではの
独特な演出が特徴です。
分身がそれぞれ個性を見せたり、
一体に合体したり、その動きも興味深いですよ。
八岐大蛇の衣装は、鱗模様がついた毒々しいものです。
歌舞伎では、物の怪を表現するときに、
よくこの模様を使うのですが、
岩長姫の美しいさまと大蛇の恐ろしい隈取と衣装を
早替わりで身につけ、演じる役者の様子を見比べるのも一向ですね。
日本振袖始~大蛇退治~の観劇感想
2020年の12月第歌舞伎では、
この「日本振袖始~大蛇退治~」が上演されます。
坂東玉三郎「良いものを届けたい」 舞踊劇「日本振袖始」 https://t.co/kPK2Y21mwD
12月1日に初日を迎える東京・歌舞伎座の「十二月大歌舞伎」で、舞踊劇「日本振袖始」に出演する坂東玉三郎が「できる限り良いものをつくってお届けしたい」と意気込む。
— 産経ニュース (@Sankei_news) November 26, 2020
初日12月1日の観劇感想
初日に第四部を観劇してきました。
坂東玉三郎さんの大ファンなので、花道近くの良い席を取り、
ルンルンの気分でいたところ、休演の決定が・・・
でも、その分、違う配役でこのお芝居を観られたことはよかったです!
いつものように、3つ印象に残ったことを紹介しますね。
ベスト3:中村梅枝、美しさに磨きがかかる稲田姫
花道から静々と現れる、人質の行列。
その中でひときわ輝く美しさを放つのが
中村梅枝さん演じる稲田姫でした。
絶世の美女という設定、そして素盞嗚尊の恋人でもあり、
大蛇退治の命を受けた芯の強い女性でもあります。
そういうしなやかな強さを持った美しさを持つ姫を
中村梅枝さんが体現していらっしゃるなあと
その姿に惹きつけられました。
お化粧の印象もありますが、ちょっとした所作とか
セリフの言い回しがうまいなあというところです。
この舞踊劇、稲田姫の出はそれほど多くないのですね。
はじめの出の部分、物語を語る部分と、
蛇に食われちゃう部分と
蛇のお腹を切り裂いて脱出する部分、
この3つの場が稲田姫を楽しめる見どころの場面でした。
そこだけなのですが、
後述する、岩長姫の容器を漂わせた美しさとは
真逆の清々しい美しさは、
おどろおどろした舞台の中では精緻な光を放っています。
昨年(2019年)の12月は、阿古屋を演じていらしたのですが、
そこからもぐぐっと存在感を増す女形さんだと
これからも中村梅枝さんに注目したいと思いました。
*中村梅枝とは?はこちらをどうぞ
https://kabukist.com/baishi-59
ベスト3その2:大蛇のわちゃわちゃ感がかわいい~
八岐大蛇は、八頭八尾の怪物です。
舞台では、7人の分身が演じることで、
その様子を表現しています
時には個体で、
時には合体で、その蛇の姿が描かれています。
これは、化け物なんですが、
なんか、かわいいなあというイメージで見えてしまいました。
表現の妙なのでしょうね~。
蛇の動きにもすごく工夫があって、
これだけ稽古の制限がある中、初日でこのできは素晴らしいなあと
分身役の役者さんたちに感動しました。
蛇の熱演も注目してみて欲しい!と思うのです。
ベスト2:坂東彦三郎のスッキリとした武者ぶり!
素盞嗚尊は、稲田姫の恋人であり、
岩長姫実は八岐大蛇とは因縁を持つ間柄。
何としても、対峙する強い意志を持つ若武者を
坂東彦三郎さんが好演していらっしゃいました。
彦三郎さん、代役なんですよ。
8日までの出番です。
でも、素盞嗚尊、違和感なく、スッキリとした立ち振る舞いは
目に爽やかです。
大蛇との立ち回りは、様式美も見せてくれるので、
かっこよさはこのお芝居には重要なポイントです。
お声も素敵な役者さんなので、
セリフを言ってくれるだけで、耳から幸せな気分になれました。
8日までしか見られない彦三郎さんの素盞嗚尊、
これは必見だと思います。
*坂東彦三郎とは?はこちらをどうぞ
https://kabukist.com/hikosaburo-392
ベスト1:尾上菊之助、妖気・迫力を感じた岩長姫
そして、本来は若武者素戔嗚尊を演じる尾上菊之助が、
女形の大役と言われる岩長姫実は八岐大蛇を務めていらっしゃいました。
玉三郎さん見たさにとったチケットですが、
菊之助さんバージョンを観られたことは
かなりのラッキーだと思える好演でした。
スッポンから現れた時から、
全身からくまなく妖気を発散させ、
ジロリと客席から舞台からを見渡すその目つきには
ゾゾっとしました。
元々、女形としての美しさや舞踊のキレには定評がある役者さんです。
昨年(2019年)の12月は、風の谷のナウシカだったんですよね~と
そんなことも思いながら、
あの清純なナウシカとは対極の「ど悪女」。
まあ、怪物なわけなんです。
甕に入った酒に食らいつく(まさに食らいつくです!)表情や仕草、
酔ってふらふらと踊る姿、
いや~~~、その一挙手一動に目が離せませんでしたよ。
女ですが、化け物なので、どこか中性っぽさも感じられるのです。
迫力たっぷり、音羽屋っぽい岩長姫でした。
蛇になってからは、立ち回りなんですが、
それよりも型として見せる演技がよかったなあ~。
主ではあるけど、7つの分身と一体でもある。
そのアナーキーな存在感も舞台を面白くした一要素ではないかと感じました。
本当に堪能しましたよ。
*尾上菊之助とは?はこちらをどうぞ
https://kabukist.com/kikunosuke-2436
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一つ、残念だったこと。
チケットを購入するときは、
私の席よりもいいお席は全て売り切れだったのですが、
実際は、いくつか空席がありました。
色々な事情でキャンセルした方もいらっしゃると思いますが、
初日、代役での空席は、残念な思いがありました。
玉三郎さんはお出になられませんが、
この貴重な配役の舞台を見ておくこと、お勧めします。
ま、これは、私の主観なのでね。
12月22日の観劇感想:玉三郎圧巻の迫力!
12月22日、もう上演も終盤です。
坂東玉三郎さんが舞台に復帰し、
本来の配役でお芝居が上演されてから、
観に行く機会をうかがっていたのですが、
なかなか予定が合わずこの日になりました。
ほぼ満席に近い客入りで、もっといい席を取りたかったけど、
希望の席はすでになかった〜〜
本来の配役は、
主人公の岩長姫実は八岐大蛇に坂東玉三郎さん
素戔嗚尊に尾上菊之助さん
前回の観劇は、
菊之助さんの岩長姫を拝見しましたので、
玉三郎さんの岩長姫を楽しみに歌舞伎座に入りました。
観終わっての感想・・・
「全くの別物」でした。
そこに、岩長姫がいました・・・
というくらい、自然にストーリーが流れて行きました。
酒を食らう?姫を食らう?酔って舞う?
そういうイメージを持っていたのですが、
どれもそんなに際立ったものではなく、
流れのままに姫がいる、そんな感じでした。
圧倒的な存在感、としか言いようがなかったです。
坂東玉三郎ではなく、
岩長姫であり、八岐大蛇そのものなのです。
怖いけれど、不気味だけれど、
どこかに虚無感、絶望感も漂うのです。
そんなセリフは一言も発しないのにですよ。
坂東玉三郎の凄さを見せつけられた気がしました。
尾上菊之助さんの素戔嗚尊は清々しく美しかったです。
私は、菊之助さんの女形が好きなのですが、
今後は立役にも本腰を入れていかれるのだろうなあと
ちょっと寂しい気持ちにもなりました。
というところで、
坂東玉三郎はすごい!!!!
その一言に尽きるこの日の観劇でした。
*もちろん、稲田姫の梅枝さんも大蛇の皆さんも素敵に舞台を彩っていましたよ。
読んでくださり、ありがとう存じまする。
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