文七元結(ぶんしちもっとい、と読みます)という、歌舞伎の演目があります。
江戸の町人を主人公にした世話物ですが、原作は落語なんだそうです。
現在は、尾上菊五郎の長兵衛が絶品です!
この演目のあらすじや主な登場人物を紹介します。
人情噺文七元結(歌舞伎)の簡単なあらすじ
序幕 第一場:本所割下水左官長兵衛内の場
正月が差し迫った年の暮れ、
日が暮れる頃に左官の長兵衛は博打に負け、
着物を剥ぎ取られて帰宅します。
家の中では、女房のお兼が、
娘のお久が出かけたまま帰ってこないことを気にして
ふさぎ込んでいます。
お兼は、長兵衛の放蕩に愛想をつかして
家出したに違いないと長兵衛を責めます。
そこへ、吉原の角海老の手代藤助が、
訪ねてきます。
お久を店で預かっているから迎えにきたということ、
長兵衛は、お兼の着物を借りて出かけていきます。
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ちょっと情けない長兵衛と、娘を思うお兼とのやりとりが
おもしろいんです。
江戸の町人の貧乏暮らし、
よく志村けんさんのコントで出てくるのが
こんなシーンだと思います。
特に、出かけようと思った時に着る物がない、、、
と気づいた長兵衛が、
お兼の着物を羽織って出て行く場面が、
私は好きです。
なんだかんだといい夫婦なんですよ、この2人。
序幕 第一場:吉原角海老内証の場
吉原角海老では、女房のお駒がお久の話を聞き、
同情していました。
そこへやってきた長兵衛、
お久を見つけて叱ろうとしますが、
それをお駒が止めます。
そして仔細を語ります。
お久は、長兵衛の道楽が原因で夫婦喧嘩が絶えないことを気に病み、
身を売ってそのお金で借金を返し、夫婦仲良く暮らしてほしいと
角海老を訪ねたということでした。
長兵衛は、涙を流しますが、
お駒は50両の金を貸すと申し出ます。
翌年の3月までは店に出さずに預かるから、
それまでに働いてお金を返すように諭すのです。
娘の孝行心とお駒の情けに感激した長兵衛は、
必ず働いてお金を返すと約束して店を後にします。
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健気な娘と、どうしようもない父親、
この貧しい親子とは対照的な、
華やかな吉原の風情が、
親子の窮状をいや増しにして伝わってきます。
長兵衛を諭すお駒は、懐の大きさも感じられます。
賑々しい女郎とでんと構えたお駒、
そこに佇むお久が清らかに見えます。
お駒とお久の対照的な女形を見るのも
私は好きです。
二幕目 第一場 本所大川端の場
大川端で長兵衛は、若い男が身投げをしようとしているところを
出合います。
その男は、小間物問屋の和泉屋に勤める手代文七でした。
得意先から50両を受け取っての帰り道、
気づいたら金がなく、盗られたということ。
主人に申し訳が立たないから身投げすると言います。
文七の身の上を聞き悩んだ長兵衛ですが、
50両を文七に渡そうとします。
事情を聞き、受け取れない、と拒む文七に、
お金を投げつけ長兵衛は去ります。
文七はその50両に感謝するのでした。
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せっかく手に入れたお金、
娘の犠牲で借りたお金、
それを投げつけてしまう長兵衛に、
唖然としてしまいます。
ここは、心の葛藤が伝わってくる場面、
深刻な場面ですが、
元が落語だからでしょうか?
悲惨というよりもなんとなく温かく、
クスッと笑えるやりとりもあります。
二幕目 第二場 元の長兵衛内の場
翌日、長兵衛の家に、
和泉屋の主人清兵衛と文七がやってきます。
長兵衛が、借りたお金をあげたと話しても、
お兼はそれを作り話と疑い、大げんか。
清兵衛が事の次第を語ります。
実は、文七が盗られたと思っていた50両は、
得意先の屋敷におき忘れてあったんです。
碁の勝負に夢中になり、忘れたらしいという事で、
和泉屋に無事に届けられていたのです。
帰宅した文七から事情を聞いた清兵衛は、
長兵衛を探し当てお礼を言いにきたのです。
これを聞いて、長兵衛もお兼も安心しますが、
肝心の50両を受け取ろうとしません。
そこへ、角海老からお久が籠に乗り帰宅します。
清兵衛がお礼に、お久を身請けしたのです。
よければ、文七の嫁にお久をもらいたいという清兵衛、
長兵衛もお兼も承知します。
それをきっかけに、文七が元結を商売にしたいと言います。
これも許され、一同喜び合うのです。
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いやあ、めでたしめでたしな幕切れです。
悪い人は一人も出ないし、
不幸な人も一人も出てきません。
あげた50両が、幸せな形になって戻ってくることに
とても心が満たされた気分になります。
私は、この舞台を見た後は
とても幸せで喜びを感じます。
みすぼらしい長屋での人情噺ですが、
見てよかったなあと豊かな気持ちになれること請け合います!!
文七元結(歌舞伎)の主な登場人物
左官長兵衛:主人公、腕のいい左官屋でしたが博打で借金を背負う
長兵衛妻お兼:娘を思う気持ちが強く長兵衛の放蕩に愛想をつかしている
和泉屋手代文七:小間物屋和泉屋の手代、50両の金を落としたと思い込み身を投げようとする
長兵衛娘お久:両親の不仲を悩み、身を売って仲直りさせようとする健気な娘
角海老女房お駒:身を売りにきたお久に同情し、長兵衛に金を貸す情けに厚い女房
家主甚八:長兵衛の家主、喧嘩を止めようとする
和泉屋清兵衛:和泉屋の主人、長兵衛の新設に感謝し手厚いお礼をする
鳶頭伊兵衛:お久を預かり送り届ける
文七元結(歌舞伎)といえば、尾上菊五郎の長兵衛は絶品です
文七元結は、江戸の世話物の代表的な演目です。
世話物を演じさせたら右に出る者がいない、
と言われているのが、音羽屋の当主尾上菊五郎です。
なんかね、
いるだけで長兵衛なんですよ。
他にも演じた方はいらっしゃいますが、
今、江戸っ子の風情やセリフ回しを
リアリティを持って演じられるのは
尾上菊五郎が一番です。
その菊五郎は、この芝居について、
「長兵衛は、江戸っ子の代表みたいな役。
役に入り込むだけではなく、見せないといけない。
大事なのはやはり「角海老」と、文七との「大川端」の場で
時代なところも作らなければ歌舞伎でなくなってしまいます。
“人の命は金じゃ買えねえ”の台詞も、世話物の中に時代ありで、
言い回しを大事にしています。」
と述べています。
菊五郎が舞台に出ると、それだけでその場が江戸になった感じがするんです。
ぜひ、菊五郎の江戸っ子長兵衛をご覧になっていただきたいものです。
尾上菊五郎のプロフィール
尾上菊五郎 本名:寺島 秀幸(てらしま ひでゆき)
生年月日 1942年10月2日
出身地 東京
家族 父:七代目尾上梅幸、妻:富司純子(女優)、息子:尾上菊之助、娘:寺島しのぶ(女優)、孫:寺島和史、寺島眞秀
屋号 音羽屋
定紋 重ね扇に抱き柏
芸歴 1948年「助六曲輪菊」禿役で、五代目尾上丑之助を襲名し初舞台(新橋演舞場)
1965年「寿曽我対面」曽我十郎役他で、四代目尾上菊之助を襲名(歌舞伎座)
1973年「弁天娘女男白浪」弁天小僧菊之助役、「京鹿子娘道成寺」白拍子花子役他で、七代目尾上菊五郎を襲名
2003年 重要無形文化財保持者認定(人間国宝)、祖父六代目尾上菊五郎、父七代目尾上梅幸、に続き親子3代での受賞となる
今では、尾上菊五郎というと、歴史物では堂々とした武将を、
世話物ではいなせな江戸っ子、小悪党と立ち役での活躍が記憶に残るところです。
しかし、若い頃は端正な顔立ちで女形としての活躍が目立っていました。
20代の頃は、六代目市川新之助(現海老蔵の父)、初代尾上辰之助(現抄録の父)とともに、
三之助(昭和)ブームを巻き起こすほどに大人気。
また、その美貌と演技力を買われ、
1966年にNHK大河ドラマ「源義経」では、最年少で主人公の源義経を演じました。
その時、お相手の静御前に扮していたのが、女優の富司純子さん。
この共演がご縁でご結婚されました。
また、後述しますが、
尾上菊五郎劇団を主宰し、江戸の世話物狂言を現代に伝えることにも力を注いでいます。
まさに、昭和から平成の歌舞伎界を牽引してきた重鎮の一人であり、
この人の芝居を観ないと歌舞伎を観たことにならないと
言っても過言ではない大役者です。
*尾上菊五郎については、こちらもお読みくださいね。
文七元結、2月大歌舞伎の感想、菊五郎、梅枝、雀右衛門、莟玉の熱演でホロっと涙
2月大歌舞伎「人情噺文七元結」の感想
令和2年の歌舞伎座大歌舞伎、この文七元結を上演しました。
これが、最後、この後コロナウイルス問題で、
歌舞伎座公演はずっと中止になってしまいました。
2月に、この演目が見られたこと、今更ながらありがたかったな。
その感想もちょっと書いておきます。
笑ったり、ほろっとしたり、
最後はハッピーエンドが心温まる物語です。
芝居巧者が揃い、年の瀬の騒動を、
おかしみと感動のうちに、見せてくれました。
菊五郎の長兵衛は、人がいいけどだらしない江戸っ子を、
これ以上ないほどに、生き生きと描いていました。
雀右衛門演じる女房役のお兼も、
口うるさいが子を思う母の心情がひしひしと伝わりました。
健気なお久は中村莟玉、
情深い女房お駒は中村時蔵。
お久は、初々しくて親を思う気持ちを
切々と語る姿がなんともいじらしい。
お駒は本当に、太っ腹、って感じです。
私的なベストシーンは、
大川端で、身投げをしようとする文七と長兵衛のやりとりです。
梅枝さん演じる文七は、、菊五郎を相手に堂々の演技、
情に次第に心を動かされていく様子、
去って行く長兵衛を見送りながら手を合わせる表情にググッと来ました。
こんなところでこんなに感動してどうすんの?ってくらい、感動しましたよ。
観られてよかったなあ、という舞台でした。
2月大歌舞伎の配役はこんな感じ。
左官長兵衛 尾上 菊五郎
和泉屋清兵衛 市川 左團次
女房お兼 中村 雀右衛門
和泉屋手代文七 中村 梅枝
娘お久 中村 莟玉
小じょくお豆 寺嶋 眞秀
家主甚八 片岡 亀蔵
角海老手代藤助 市川 團蔵
角海老女房お駒 中村 時蔵
鳶頭伊兵衛 中村 梅玉
*中村梅枝については、こちらもお読みくださいね。
*中村梅玉については、こちらもお読みくださいね。
*中村莟玉については、こちらもお読みくださいね。
文七元結の原作は落語、圓生、志ん生が代表的
さて、人情噺文七元結ですが、
こちらの原作は落語です。
三遊亭圓朝の創作で人情噺の一つです。
登場人物が多い上に長い演目でもあることや、
情の中におかしみを持たせなくてはならないという点で、
難しい話とされているそうです。
逆に、これができれば一人前と言われるほどの演目だそうですよ。
名演とされているのが、
6代目三遊亭圓生のものだそうです。
全ての面で、他の手本となるほどの緻密な演出が
高い評価を得ているそうです。
ゆっくりとした口調の5代目志ん生は、
貧乏を知り尽くした人ということから、
深い味わいがある、と言われているそうです。
私は落語は不案内なので、
これから機会があったら聞いてみようと思います。
歌舞伎では、世話物の名作「人情噺文七元結」として
人気がある演目です。
機会があったら是非ご覧ください。
読んでくださり、ありがとう存じまする。
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