七代目尾上菊五郎、音羽屋の当主、煌く家系(父、妻、息子、娘、孫)や芸歴、歌舞伎を牽引する大役者とはどんな人なの?

歌舞伎界の大スター、七代目尾上菊五郎について紹介します。

歌舞伎界を牽引する重鎮としての存在感は比べようがありません。

若い頃の芸歴や、芸能一家と言われる家族、

5月の歌舞伎座で開催される「團菊祭」が楽しくなるような情報もお伝えします。



七代目尾上菊五郎のプロフィールと芸歴

尾上菊五郎 本名:寺島 秀幸(てらしま ひでゆき)

生年月日 1942年10月2日

出身地 東京

家族 父:七代目尾上梅幸、妻:富司純子(女優)、息子:尾上菊之助、娘:寺島しのぶ(女優)、孫:寺島和史、寺島眞秀

屋号 音羽屋

定紋 重ね扇に抱き柏

芸歴 1948年「助六曲輪菊」禿役で、五代目尾上丑之助を襲名し初舞台(新橋演舞場)

1965年「寿曽我対面」曽我十郎役他で、四代目尾上菊之助を襲名(歌舞伎座)

1973年「弁天娘女男白浪」弁天小僧菊之助役、「京鹿子娘道成寺」白拍子花子役他で、七代目尾上菊五郎を襲名

2003年 重要無形文化財保持者認定(人間国宝)、祖父六代目尾上菊五郎、父七代目尾上梅幸、に続き親子3代での受賞となる

今では、尾上菊五郎というと、歴史物では堂々とした武将を、

世話物ではいなせな江戸っ子、小悪党と立ち役での活躍が記憶に残るところです。

しかし、若い頃は端正な顔立ちで女形としての活躍が目立っていました。

20代の頃は、六代目市川新之助(現海老蔵の父)、初代尾上辰之助(現抄録の父)とともに、

三之助(昭和)ブームを巻き起こすほどに大人気。

また、その美貌と演技力を買われ、

1966年にNHK大河ドラマ「源義経」では、最年少で主人公の源義経を演じました。

その時、お相手の静御前に扮していたのが、女優の富司純子さん。

この共演がご縁でご結婚されました。

また、後述しますが、

尾上菊五郎劇団を主宰し、江戸の世話物狂言を現代に伝えることにも力を注いでいます。

まさに、昭和から平成の歌舞伎界を牽引してきた重鎮の一人であり、

この人の芝居を観ないと歌舞伎を観たことにならないと

言っても過言ではない大役者です。



七代目尾上菊五郎の家系と六代目尾上菊五郎との関係

先のプロフィールにも家族の名前を掲載しましたが、

ここで補足をしていきます。

七代目尾上菊五郎の煌く家系、父・妻・息子・娘・孫

父:七代目尾上梅幸(1915年8月31日~1995年3月24日)

歌舞伎役者として重要無形文化財認定を受ける。

母は、赤坂の芸者、父は六代目尾上菊五郎という噂もあります。

生後すぐに、六代目尾上菊五郎の養子となり、実の子同様に育てられたそうです。

父の薫陶を受け、歌舞伎役者として四代目尾上丑之助、三代目尾上菊之助として活躍、

1948年に二代目尾上梅幸夫人の願いで七代目尾上梅幸を襲名。

亡くなるまで、女形も立ち役もこなす役者として舞台での存在感を示していました。

妻:富司純子(1945年12月1日~)

本名:寺島純子

1963年に映画女優としてデビュー、その後「緋牡丹お竜」シリーズで人気を博します。

1972年に「源義経」で共演した尾上菊五郎と結婚し、一時期芸能界から遠ざかります。

1974年に、寺島純子の名で、司会者として再登場すると、女優としても復帰。

1989年に、名を「富司純子(ふじすみこ)」と改め、現在までテレビや映画で活躍しています。

息子:五代目尾上菊之助(1977年8月1日~)

本名:寺島 和康(てらしま かずやす)

1984年に尾上丑之助、1996年に尾上菊之助を襲名。

七代目市川新之助(現海老蔵)、二代目尾上辰之助(現松緑)と共に

三之助(平成)ブームを巻き起こします。

現在は中堅役者の1人として女形を中心に活躍をしています。

上品で清楚な美しさを表現できる役者です。

ORICONnewsより

娘:寺島しのぶ(1972年12月28日~)

本名:寺島グナシア忍(てらしま ぐなしあ しのぶ)

映画を中心に女優としての活躍が目覚ましいですね。

2003年の「赤目四十八瀧心中未遂」で第27回日本アカデミー賞、主演女優賞、

「ヴァイブレーター」では東京国際映画女優賞を受賞。

海外でも2010年に「キャタピラー」でベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞という、

押しも押されもしない大女優として有名です。

女性としての生々しい迫力が印象的ですが、男勝りな物言いも魅力、

私的にはアネゴ女優のイメージです。

現在は、女優業にくわえ、愛児の教育にも熱心です。

孫:寺島和史(てらじま かずふみ)君

尾上菊之助の長男として、2013年11月に誕生しました。

2016年5月に初お目見えしてから子役として舞台でも姿を見せていました。

今年5月の歌舞伎座では尾上丑之助を襲名することになり、

父も祖父もデレデレの様子が報道されていました。

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孫:寺島眞秀(てらしま まほろ)君

寺島しのぶさんの長男として、2012年9月に誕生しました。

2017年に歌舞伎の舞台に初お目見え、

それからは和史君と同じように、子役としての姿が見られます。

難しいセリフもしっかりと覚え、堂々と演技する姿が印象的でした。

2019年1月の国立劇場「姫路城音菊礎石」では、

和史くん、眞秀くん揃っての舞台に、

目が釘付けになりました。

可愛いし、演技力抜群だし、将来の期待が超大きい2人です。



六代目尾上菊五郎豆知識と七代目との関係

尾上菊五郎、とググると

トップに出てくるのが六代目尾上菊五郎です。

この方は、歌舞伎の神と言われ、

今でもその演技を懐かしむ方が少なくありません。

現在の名優の言葉の端々にも登場する、

菊五郎のおじさんとはこの方のことです。

六代目  尾上 菊五郎(1885年8月26日 ~ 1949年7月10日)

大正・昭和時代に活躍した歌舞伎役者。

本名は寺島 幸三(てらしま こうぞう)。

初代中村吉右衛門とともに、いわゆる「菊吉時代」の全盛期を築いたそうです。

長い間途絶えていた劇団を復活させたのもこの方、

若い衆をまとめて舞台を興したこともあり、

亡くなった後も、その名を残したいという方々が、

今の菊五郎劇団を発展させてきたということです。

私は、その舞台を拝見したことがないので、

記録だけでも見てみたいと思っているところです。

ちなみに、国立劇場に行くと、

ホールの前に鏡獅子に扮した菊五郎像がいらっしゃいます。

七代目菊五郎にとっては祖父にあたる方です。

父が、梅幸という名を襲名したことから、

孫にあたる元菊五郎が偉大な名跡を継いだことになります。

この名を背負うというプレッシャーを想像すると胃が痛くなります。

46年間も、この名で歌舞伎発展に力を尽くしている

七代目尾上菊五郎も世に名を残す名役者だと思います。



七代目尾上菊五郎、世話物狂言への思い

最後にちょっと歌舞伎ネタ。

尾上菊五郎は、代々江戸の世話物を得意としてきました。

六代目の名優も、元菊五郎もそこは受け継いでいます。

世話物狂言というのは、江戸時代の庶民の生き様や事件、風俗などを

描いたものです。

歌舞伎が盛んだった江戸の時代の方達にとっては、

時代の流行をこの芝居を通して知ったそうです。

テーマとして、義理人情や色恋沙汰が多いようですよ。

現代のバラエティーショーに通づるものもありますね。

その世話物について、

七代目菊五郎は次のように語っています。

「世話物の芝居は細かいんですよ。

どの役でも初めて演じるときには、せりふを言って決まった動きをすることだけに神経がいきます。

回数を重ねるうちに周りが見えてくる。そうすると面白くなってくる。

『相手がこういう風にせりふを言っているから、こっちが言いにくいんだな』と気付くこともある。

そうすると『こういう風に言ってくれないか』と注文も出せます」

相手役の方とのやりとりを通じて、芝居を作って行く過程、

とても興味深いです。

そして、セリフにも強い思い入れをお持ちのようです。

「”時代に世話あり、世話に時代あり”といわれるように、世話狂言でも、

時代物的なせりふ回しが入ることがあります。それが芝居にメリハリを付ける――。

さらさら言ってしまうと印象に残らないでしょう。だから“時代に”せりふを言うんです。」

菊五郎のセリフ回しはとてもテンポがいいのです。

間の取り方も絶妙ですし、声のトーンも変えて話すので、

セリフだけでも舞台にグイグイ引き込まれる強さがあります。

声も通るので、益々その魅力を感じます。

若い時、三之助と銘打った盟友はすでにこの世にいません。

目をかけて育てた、中村勘三郎、坂東三津五郎も同様です。

現在は、若手にも教えを授けながらも座長として舞台を引っ張る方です。

まだまだ、脂の乗り切った演技を拝見したいと説に願うものです。

5月歌舞伎座では、「團菊祭」が催されます。

いつまでも観ていたい役者、七代目尾上菊五郎の存在は、

あまりにも大きいのです。

今日も読んでくださり、ありがとう存じまする。

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