歌舞伎座の9月秀山祭歌舞伎、夜の部を観に行って来ました。
噂に違わぬ、名優の共演と、中堅・若手のチャレンジが心に残る、
とても素敵な舞台でした。
その感想レポートです。
9月秀山祭歌舞伎、夜の部の演目、主な配役
一、菅原伝授手習鑑 寺子屋(てらこや)
松王丸 中村 吉右衛門
園生の前 中村 福助
千代 尾上 菊之助
菅秀才 尾上 丑之助
戸浪 中村 児太郎
春藤玄蕃 中村 又五郎
武部源蔵 松本 幸四郎
二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
武蔵坊弁慶 片岡 仁左衛門(奇数日)
松本 幸四郎(偶数日)
源義経 片岡 孝太郎
亀井六郎 坂東 亀蔵
片岡八郎 中村 萬太郎
駿河次郎 片岡 千之助
常陸坊海尊 中村 錦吾
富樫左衛門 松本 幸四郎(奇数日)
中村 錦之助(偶数日)
三、秀山十種の内 松浦の太鼓(まつうらのたいこ)
三世中村歌六 百回忌追善狂言
松浦鎮信 中村 歌六
大高源吾 中村 又五郎
鵜飼左司馬 中村 歌昇
江川文太夫 中村 種之助
渕部市右衛門 中村 鷹之資
里見幾之亟 中村 吉之丞
お縫 中村 米吉
宝井其角 中村 東蔵
9月秀山祭歌舞伎、夜の部のあらすじと見どころ
それでは、各演目のあらすじと、
これはと思う見どころを紹介します。
一、寺子屋(てらこや)/菅原伝授手習鑑
寺子屋を営む武部源蔵と戸浪夫婦は、
菅丞相の子、菅秀才を我が子と偽り
秘かに匿っています。
しかし、そのことが発覚し、首を差し出せと言われます。
源蔵は、苦悩の末に、寺入りしたばかりの子どもの首を
身替りにして差し出すことを決意します。
首の検分役に現れたのは、菅秀才の顔を知る松王丸。
その首をあらためた松王丸は、
「これは菅秀才に間違いない」と言います。
窮地を免れた源蔵夫婦の元に、
子を預けた婦人と松王丸が戻って来ます。
実は、身代わりになった子とは、
2人の息子小太郎でした。
藤原時平の陰謀で、流罪になった菅丞相は、
元は松王丸の父が仕えていた恩義があり、
それに報いるための松王丸の一芝居だったのです。
吉右衛門の当たり役、松王丸は、
前半の憎々しさと、後半の本心を表した姿の対比に
注目して欲しいです。
鬘はボサボサ、紫の鉢巻を巻いているのは、
病気療養中という設定です。
それも全て、最後明らかになる企みのためです。
微細なところまで考え、作られた吉右衛門の松王丸は、
物語の悲劇性と、武士の心根の描写も相まって、
強く心に訴えてくる一幕であると思います。
妻の千代役が、娘婿の尾上菊五郎、
菅丞相役が尾上丑之助、と
三代揃っての共演も微笑ましいものです。
後述しますが、園生の前役で、
中村福助が登場したシーンは、
ひときわ拍手が目立っていました。
よだれくりの鷹之資もよかった。
童顔だから、違和感なし、
笑わせながらも芝居の質を壊さないツボの押さえ方に、
20歳とは思えぬ器を感じました。
*通し演目「菅原伝授手習鑑」についてはこちらにも書いていますので、よかったらお読みくださいね。
*中村吉右衛門については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みください。
*中村鷹之資については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みください。
二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
北陸道の関所、安宅の関。
関守は、富樫左衛門。
そこへ、鎌倉幕府将軍の源頼朝に、
謀反の疑いをかけられ、
奥州の藤原氏を頼りに旅をする、
義経一行が、立ち寄ります。
山伏を厳しく調べているから通せないと言われた弁慶一行は、
富樫たちと押し問答になります。
火事で焼けた奈良の東大寺再建のため、
各地を回って勧進(寄付)を募っていると言う弁慶に、
富樫は「それなら勧進の目的を書いた勧進帳を読み上げろ」と言うのです。
弁慶は手にある巻物を広げ、あたかもそこに書かれているかのように、
勧進帳を読み上げます。
それを聞いた富樫は、山伏に関する質問を次々に浴びせていきます。
弁慶は、それらの尋ねに応じて答えを述べ、冨樫らの疑いをかわしていくのです。
この様子に納得した風を見せ、冨樫は一行の通行を許します。
しかし、去ろうとした弁慶一行について行く強力が
義経に似ていると気づいたことから、
再び呼び止められることになります。
疑いを晴らすため、弁慶は杖を取り、義経を打ちすえます。
主君を助けようとする弁慶の姿に富樫は心を打たれ、
関所を通る許可を与えるのです。
無事に関所を通り過ぎた義経と他の家来たちのところに、
富樫が追いかけてきて、疑ったおわびのしるしとして
お酒をすすめます。
お礼に弁慶が舞を披露する中、
義経と他の家来たちを先に立たせ、
自らも、富樫の助けに感謝し、
一行の後を追って去って行くのでした。
片岡仁左衛門の弁慶役(奇数日)が圧巻な舞台です。
登場する前から、
客席の空気が期待に満ちていることを感じました。
1時間13分、その間、場面ごとに
様々な弁慶の姿を演じ分ける技量は見事であり、
言葉の抑揚、表情の変化、
全身に気合をみなぎらせての姿は、
一瞬たりとも見逃せないと思わせるものでした。
実はこの舞台も、松嶋屋の三代共演でした。
源義経役に、息子の片岡孝太郎、
駿河次郎役に、孫の片岡千之助。
この弁慶は、奇数日が片岡仁左衛門、
偶数日が松本幸四郎となっています。
偶数日の松本幸四郎&中村錦之助バージョンも見てきました。
このコンビは、スタイリッシュな印象でした。
松本幸四郎は、細やかに弁慶の心情を表現。
緊迫した冨樫とのやりとり、
義経への忠義、
大らかな舞など、
場ごとに表情、声音を変え、演じていたと思います。
切り替えのうまさは見事です。
中村錦之助の冨樫は、情を感じました。
何も言葉を発しなくても、
一行の本性を見抜き、それを見逃す判断をする、
その一瞬に、感じ入るものがありました。
訳者によって、舞台の印象が変わること、
見比べると実感できますね。
*勧進帳については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みください。
*片岡仁左衛門については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みください。
三、秀山十種の内 松浦の太鼓(まつうらのたいこ)
三世中村歌六 百回忌追善狂言
赤穂浪士の、吉良邸討入りの前日から、当日を描いた作品です
師走の両国橋で、俳人の宝井其角と赤穂浪士の大高源吾が再会すると、
源吾は其角の句に続けて「明日待たるゝその宝船」と句を残し、立ち去ります。
翌日、松浦鎮信の屋敷で催されている句会では、
なぜか不機嫌な松浦候が、
源吾の妹お縫に辛くあたっています。
間に入った、其角にも怒りを爆発させるその本心は、
赤穂浪士が未だに仇討ちを果たさないことに
業を煮やしていたのです。
其角が源吾の残した句を伝えると、
松浦侯はその句の真意を察し、急に機嫌を直し、
今こそ、隣の吉良邸では、
討ち入りの最中に違いないと、加勢に出ようとします。
そこへ、その守備を報告しに大高源吾がやってくるのでした。
中村歌六が、初役で松浦候を務めました。
普段は、渋く脇を固める役が多い歌六が見せるお殿様、
芸達者は何をやってもハマるんだなあというところです。
ちょっと軽くて、人間臭い殿様役、
周りの衆とのやりとりも微笑ましいものがありました。
其角役の中村東蔵が、またうまい。
ベテラン二人のどっしりとした芝居に、
当時の武士、町人の思いを体験することができました。
9月秀山祭歌舞伎、夜の部の勝手にベスト3
私が観劇して印象に残ったことの中から、
勝手にベスト3を選んで紹介します!
ベスト1:5祭から81歳、世代を超えた共演に芸の継承を見た
最年少が5歳の尾上丑之助、最高齢が81歳の中村東蔵。
その間に10代から70代までの役者が配され、
名優の芸に引っ張られながら、
それぞれの役を磨いている、そんな世界を見た気がしました。
それぞれの演目の第一印象は、
寺子屋は、吉右衛門の松王丸が秀逸、
勧進帳は、仁左衛門の弁慶が圧巻、
松浦の太鼓は、東蔵と歌六の安定、というところ。
やはり、名優(人間国宝揃い!)が出ると、
舞台のボルテージが上がる感じなんです。
観ている私も、背筋がピッっと伸びます。
そこに一緒に立つということは、
生身で教えを受けているようなものではないでしょうか。
学ぶとは、真似ぶという言葉から来ています。
歌舞伎は、芸を次の世代へと伝承しつつ、
発展して来た舞台芸術です。
秀山祭の目的の通り、
どの世代も成長できる舞台であると思いました。
ベスト2:松本幸四郎の奮闘に拍手!!
松本幸四郎、奮闘が目立ちます。
6月は、三谷歌舞伎「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)」の、
主役、大黒屋光太夫。
7月は、襲名披露の巡業で、24公演。
8月は、「伽羅先代萩」の八汐と仁木弾正、「東海道中膝栗毛」の弥次郎兵衛。
そして9月は、
昼の部で「幡随長兵衛」の幡随院長兵衛役、
夜の部では、「寺子屋」武部源蔵役、「勧進帳」弁慶/冨樫左衛門(偶数日/奇数日)、
と大役を4役です。
充実ぶりがうかがえる一方、
さらに上をという期待もうかがえます。
特に、夜の部は、吉右衛門演じる松王丸、仁左衛門演じる弁慶と、
がっぷり対峙するお役です。
やはり、2人の名優の存在感は強く、
まだ胸を借りて、という域であるでしょう。
これが、千穐楽ではどんな演技へと変わるのか、
松本幸四郎がまた一つ大きな役者へと
なっていくことを期待しています。
*松本幸四郎については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みください。
ベスト3:中村福助、歩いた!感動の一瞬!
先述しましたが、
「寺子屋」で園生の前役として中村福助が、
舞台に姿を見せました。
奥から、静々と歩み寄り、菅秀才の横に座り、
再会に母としての情を見せる場面です。
現れた時は、会場から大きな拍手がわきました。
福助が歩いた、、、これは大きな喜びです。
戸浪役の中村児太郎(福助の長男)が側により、
支えながらの歩みでしたが、、
とても嬉しい一瞬でした。
ちなみに、戸浪は元々園生の前の腰元という役どころ、
手助けするのは自然な役割という、
配役あっての自然な流れでもありました。
*中村福助については、こちらにも書いていますので、よかったらお読みくださいね。
古典の真髄をベテランに見せてもらった、9月秀山祭夜の部でした。
長々と失礼いたしました。
読んでくださりありがとう存じまする。
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